本研究の目的は,九州方言における特徴的な形態音韻現象(テ形音韻現象)を対象とし,そこで起こっている音韻システム上の「方言形成」と「方言崩壊」との間の均衡性(共存)に関して,音韻的・語彙的・構文的な観点からアプローチすることにある。 まず未調査地域である宮崎県北部,大分県南部,熊本県北部の現地調査を予定したが,新型コロナウィルス感染症の蔓延が収まらず,現地調査はできなかった。その代替措置として,従来の調査によって収集していた言語データを文字化・データベース化することに努めた。データベース化は現時点で継続中であるが,文字化した言語データは論文等で公表しているため,それそのものに重要な価値があるだろう。さらに,言語データを整理することによって,音韻現象の詳細な記述だけでなく,音韻システムにおける「方言形成」と「方言崩壊」に関する理論化もかなり進展した。しかし,現地調査ができなかったことによって,語彙的・構文的な観点からのアプローチはかなわなかった。 以上の研究成果は,『九州方言の音韻現象における記述的・理論的研究』という研究成果報告書として結実している。しかし,一方で本研究内容(対象となる音韻現象自体)が複雑であるため,そのままではアウトリーチには向かないという課題も出てきた。そこで,『方言分析ノート』という研究成果報告書も作成した。これはアウトリーチ用の試作版ではあるが,これをまとめることによって音韻現象の本質を再検討できたことは大きな収穫であった。
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