研究課題/領域番号 |
18K00624
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
小川 栄一 武蔵大学, 人文学部, 教授 (70160744)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 夏目漱石 / 談話分析 / コミュニケーション / 浮世風呂 / 江戸語 |
研究実績の概要 |
研究代表者は、2012年度より「江戸語・東京語におけるコミュニケーション類型の研究」のテーマで科研費の交付を受け、現在は2018年度から第2回目の交付を受けている。2018年度における研究実績は次の2点である。 (1)著書『漱石を聴く コミュニケーションの視点から』(全241ページ。大空社出版 2019年3月) 漱石作品を資料とする談話研究の成果をまとめた著書である。作品の会話例を談話の観点から分析し、具体的な数値を示して、客観的な考察を行ったものである。その内容を述べると、漱石作品における会話の表現はきわめて多彩である。漱石は作品の内容に合わせて様々なタイプを繰り出している。たとえば、人間どうしが言い争う会話、話し手と聞き手の意図がかみ合わない会話、翻弄の会話、うその会話、等である。漱石は『文学論』において探究した「F+f」理論に基づいて小説を創作しているが、コミュニケーションの表現もこの理論に基盤をおくものである。漱石作品に共通する会話の特徴を一言で言い表せば、「不完全なコミュニケーション」ということである。不完全なコミュニケーションからは多彩な情緒(f)が発生する。このような多彩なfの展開こそ漱石作品における特徴である。それも創作時期による傾向の違いがあり、前期の作品ではコミュニケーションがかみ合わないことをユーモアの表現に用いていたのに対し、後期の作品ではコミュニケーションの不全(事実確認的発言と行為遂行的発言・発語媒介行為)を人間の苦悩、夫婦の対立を描く技法として応用している。 (2)式亭三馬『浮世風呂』データベースの作成 上記の談話分析を近世後期江戸語資料にも適応すべく、その基礎的な作業として『浮世風呂』データベースをコンピューター上に作成している。会話を文単位で区切った上で、話し手、聞き手、会話のタイプ、ストラテジーなどの情報を付加している。(未公開)
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2012年度に同名テーマで科研費の交付を受けてから現在まで、7年にわたる研究成果をまとめた著書『漱石を聴く コミュニケーションの視点から』(大空社出版 2019年3月)を刊行した。その要旨は「研究実績の概要」に述べてある。今後、本書の研究方法を応用して、近世後期江戸語におけるコミュニケーションの研究にも発展すべく、現在は『浮世風呂』データベースの作成に取り組んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究成果を活かして、今後は式亭三馬作の滑稽本『浮世風呂』(4編9冊 文化6~10年 1809~13)を資料にして、江戸語におけるコミュニケーション、特に会話のストラテジーを中心に研究を進める。この研究の基礎となる『浮世風呂』データベースを作成している。今後の研究の見通しを述べる。 『浮世風呂』には銭湯という社交の場における、江戸庶民の生き生きとした会話が展開されていて、当時の言語コミュニケーションを彷彿とさせるものである。しかし、『浮世風呂』の会話が当時の日常会話そのものかといえば、そこには考究の余地がある。『浮世風呂』が滑稽本として、当時の読者に好評をもって受け入れられ、多くの読者に読まれたからには、当時の人々にとってもおもしろく、かつ有益な内容を含む会話であったからであろう。もし、『浮世風呂』が当時のいかにもありふれた会話が書かれていたものであるとしたならば、当時の読者にとって全く退屈で、おもしろみに欠けるものであったろう。当時の世相をそのまま描いたというよりも、当時においてもやや新奇な世相が描かれたものと考えられる。そうでなければ読者にインパクトを与えなかったはずである。従来の『浮世風呂』対象の語学研究はこの点の認識が不十分であったように思われる。 さらに、『浮世風呂』の会話は、話し手から聞き手へのメッセージであると同時に、作者から読者に向けても何らかのメッセージが含まれるものと予想される。それは、滑稽本の名にふさわしいユーモアの表現であることはもちろん、江戸の銭湯の実情を読者に紹介するという一面も含まれている。『浮世風呂』前編下にある、風呂屋の番頭と生酔いの客との会話は、番頭から客への銭湯の紹介であると同時に、読者への紹介でもある。このように、話し手から聞き手、作者から読者という二重のコミュニケーション構造の存在に留意しつつ、分析を進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
データベース作成に必要な作業を研究代表者が行うことができたため、当初予定していた人件費支出が今年度は不要となった。一方、研究に使用していたパソコン(2011年購入)が老朽化し、最新のアプリケーションを動かすと頻繁にエラーが発生し、処理スピードも低下するなど不具合が生じたため、急遽購入が必要となった。これらの使用予定変更により、次年度使用額が生じたが、次年度研究費と合わせて研究用物品の購入費用とする予定である。
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