研究課題/領域番号 |
18K00624
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
小川 栄一 武蔵大学, 人文学部, 教授 (70160744)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 談話分析 / コミュニケーション / 浮世風呂 / 江戸語 / 夏目漱石 |
研究実績の概要 |
研究代表者は、2012年度より「江戸語・東京語におけるコミュニケーション類型の研究」のテーマで科研費の交付を受け、現在は2018年度から第2回目の交付を受けている。2019年度における研究実績は次の2点である。 (1)式亭三馬『浮世風呂』データベースの作成 上記の談話分析を近世後期江戸語資料にも適応すべく、その基礎的な作業として『浮世風呂』データベースをコンピューター上に作成している。『浮世風呂』中の会話を句単位で区切った上で、話し手、聞き手、会話のタイプ、ストラテジーなどの情報を付加して、検索や集計が容易にできるようにしている。近い将来に公表することも予定している。 (2)『浮世風呂』における敬語使用の特徴 上記データベースを用いて、『浮世風呂』における敬語使用は、主として品格保持のために行われているという予測を立てている。その理由は、『浮世風呂』における敬語は、尊敬語・謙譲語の使用率が低く丁寧語・美化語の使用率が高いこと、年齢の上下関係に基づく使用(年長者には敬語を用い、年少者には用いないということ)とは明確には断言しにくいこと(たとえば、年少者に対する敬語使用が中層・上層では多いこと、完全に上下関係によるものであれば年少者に対する敬語使用はもっと少ないはずである、敬語使用は階層が高くなるほどその率が高くなる傾向が顕著であること、女性の敬語使用率が男性よりも高いこと)などの傾向があるからである。すなわち、『浮世風呂』では階層の高い人物や女性における敬語使用率が高いのであって、年齢や身分の上下関係においては明確な傾向が出ないことから、上下関係に基づく敬語使用よりも、品格保持のために敬語が使用される傾向が顕著と考えられる。これは江戸市民の高い意識に基づくものと考えられる。この結果を数値化した上で、近日中に論文として公表すべく執筆にとりかかっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2018年度には、7年にわたる研究成果をまとめた著書『漱石を聴く コミュニケーションの視点から』(大空社出版 2019年3月)を刊行した。2019年度は、本書の研究方法を応用して、近世後期江戸語におけるコミュニケーションの研究にも発展すべく、現在は『浮世風呂』データベースの作成に取り組んでいる。その結果、「研究実績の概要」に述べたような敬語使用の傾向が明らかになった。本年度は、前年度までの漱石に関する研究を終了して『浮世風呂』の研究に取り組み始めたのであるが、『浮世風呂』データベースの構築に時間を費やしてしまい、論文の執筆ができなかった。しかし、以下の理由から研究は順調に進んでいるといえる。 「研究実績の概要」に述べたとおり、『浮世風呂』における敬語使用は、主として品格保持のために行われているという予測を立てているが、この点について従来は明確に指摘されていなかったと思われる。『浮世風呂』というと、江戸下町に住む町人の会話が主で、いわゆる「江戸っ子」の用いる下町ことばが多い印象もあるのだが、実際には上層・中層の町人も数多く登場するとともに、上品なことばづかいも決して少なくはない。式亭三馬は、江戸町人の階層によることばづかいを巧みに書き分けている。『浮世風呂』における敬語使用の率は下層よりも中層・上層ほど高い傾向があり、品格保持の敬語も中層・上層の傾向といえる。ところが、中層・上層の敬語使用は上下関係による違いは明確ではない。これは江戸市民の意識を反映したもので、すなわち、身分の上下による差別的な態度ではなくて、相手によらず、丁寧な敬語を用いて、丁寧な人間関係を維持しようとする意識である。このような傾向から、従来の「江戸っ子」観も改める必要があるものと考える。 以上の見通しに立つことができたことから、研究は順調に進捗しているものと考える。以上の成果を近日中に公表する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
現在、『浮世風呂』における敬語使用について研究を行っているが、今後はこれまでの研究成果を活かして、式亭三馬作の滑稽本『浮世風呂』(4編9冊 文化6~10年 1809~13)を資料にして、江戸語におけるコミュニケーション、特に会話の談話分析を中心に研究を進めていこうとしている。その見通しを述べよう。 『浮世風呂』には銭湯という社交の場における、江戸庶民の生き生きとした会話が展開されていて、当時の言語コミュニケーションを彷彿とさせるものである。しかし、『浮世風呂』の会話が当時の日常会話そのものかといえば、そこには考究の余地がある。『浮世風呂』が滑稽本として、当時の読者に好評をもって受け入れられ、多くの読者に読まれたからには、当時の人々にとってもおもしろく、かつ有益な内容を含む会話であったからであろう。もし、『浮世風呂』が当時のいかにもありふれた会話が書かれていたものであるとしたならば、当時の読者にとって全く退屈で、おもしろみに欠けるものであったろう。当時の世相をそのまま描いたというよりも、当時においてもやや新奇な世相が描かれたものと考えられる。そうでなければ読者にインパクトを与えなかったはずである。従来の『浮世風呂』対象の語学研究はこの点の認識が不十分であったように思われる。 さらに、『浮世風呂』の会話は、話し手から聞き手へのメッセージであると同時に、作者から読者に向けても何らかのメッセージが含まれるものと予想される。それは、滑稽本の名にふさわしいユーモアの表現であることはもちろん、江戸の銭湯を材料にして、読者に公衆道徳を教えるという道徳的、教訓的な一面も含まれている。このように、話し手から聞き手、作者から読者という二重のコミュニケーション構造の存在に留意しつつ、現在作成中の『浮世風呂』データベースを活用して、客観的かつ実証的な分析を進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
データベース作成に必要な作業は、学生等のアルバイトを必要とせず、研究代表者自身によって効率よく実施することができたため、当初予定していた人件費支出が今年度は不要となった。『浮世風呂』の敬語使用を研究するのにあたり、先学の研究書を参考にする必要が生じたが、武蔵大学図書館に所蔵されていなかったので、急遽購入することとなった。これらの使用予定変更により、次年度使用額が生じたが、次年度研究費と合わせて研究用物品の購入費用とする予定である。
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