研究実績の概要 |
本研究では、現代英語の三人称複数代名詞they(their, them)の由来について調査・考察した。この問題については、長らく古ノルド語借入説が定説となっている。その原因として、古英語期の人称代名詞が形態の曖昧化により機能不全になったこと、その結果、代替手段を持つ必要性があったことが指摘されてきた。また、その一方で、想定される原因は同じであるが、古英語の指示代名詞からの発達の可能性も指摘されてきた。そのような中で、これまでの研究では十分な基礎研究(とりわけ量的研究)が積み重ねられていないことが大きな問題であった。そこで本研究では、後期古英語期の行間注を資料として、古英語の指示代名詞と人称代名詞の用法と交替可能性について調査してきた。最終年度の2021年度は、これまでの研究成果を二本の論文にまとめた。当該二論文では、北部、中部、南部方言のいくつかの文献を調査対象として、(a)古英語において指示代名詞と人称代名詞の機能重複・使い分けはどの程度見られるか、また、(b)人称代名詞複数与格の二形態(him, heom)と指示代名詞複数与格の分布状況はどのようなものだったか、の二点の調査結果を報告した。報告の要点は以下のとおりである。
(1)少なくとも後期古英語においては、北部方言だけではなく、他の方言においても一定の条件下では三人称代名詞と指示代名詞の交換可能性が高まった可能性がある。 (2)they型の発達が北部方言で始まり南下するという流れの一方で、中・南部方言では、従来のh-型で変革が進み、それが拡大するという流れも認められる。この相反する流れの衝突・拮抗がthey型拡大の漸進性につながった可能性がある。
以上の成果は、they型発達プロセスの解明に一定の重要性を持つと考える。
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