親友だと思っていたXに裏切られ、事情を知っている聞き手にX is a fine friend.と言うとアイロニーである。「アイロニーの話者は、発話時点の話者以外の誰かに帰属される思考に対して乖離的態度を表現する」(Wilson 2009)というアイロニー規定(エコー理論)が広く受け入れられているが、この規定は発話(「伝えるアイロニー」)に限定され、『オイディプス王』のような事の成り行きや(ストーリー・アイロニー)、消防署で火事が起こることに感じるような状況アイロニー(「感じるアイロニー」)を説明できない。本研究は、人がアイロニー性を認識する限りにおいて、アイロニー発話であれストーリー・アイロニーや状況アイロニーであれ、何らかの共通点があると仮定し、認知処理プロセスの視点から、何が人にアイロニー性を認識させるのかを明らかにすることによって、アイロニーの本質解明を目指すものである。 令和5(2023)年度は、小説やドラマの会話に現れるアイロニー発話について、アイロニー性の程度を調べるアンケートを実施し、アイロニー性の高い例に注目して分析を行った。その結果、①意図明示的刺激としての発話の話者は情報意図を持ち、その伝達が当該発話のポイントであるとすると、「アイロニー発話のポイント」の統一的規定には困難が伴うこと、②アイロニー発話の「犠牲者(victim)」は、「帰属元思考またはその持ち主」あるいは「期待の実現を妨げた人」とは限らないこと、③「アイロニー発話」は、情報意図を伝えるためのストラテジーとしてアイロニーを利用するものである可能性があること、④そのストラテジーは、「感じるアイロニー」との類似性によってアイロニー性を活性化し、⑤その類似性の程度は、既存のアイロニー状況の再現と見なせるものから発話自体が類似性を作り出すものまで、多様である、と分析できる可能性があること、を示した。
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