2019年度より感染流行が始まった新型コロナウイルスの影響により、中国での現地調査が継続困難に陥り、2021年度以降、調査研究の方針転換を図った。具体的には、研究の主軸である西蔵寺蔵「小川貫弌資料」について、画像データベース「日中戦争下の学術調査と人的交流を探るプロジェクト―興亜留学生小川貫弌の記録―」を立ち上げ、当初の計画とは公開の内容・見せ方を変えつつ、資料を段階的に、かつ前倒して公開することで、調査研究の目的の一つとして掲げていた類似資料・補完資料の調査の充実を目指した。山西省五台山関係の資料を公開した昨年度にひきつづき、今年度は小川資料中、約800点を誇る最大の資料群である南京関係資料のうち、写真資料を中心に588点をデータベースとして公開した(現状はテキストのみの公開であるが、6月中に画像とあわせて公開)。 また、昨年度に資料を公開した五台山の関係資料については、今年度、喇嘛教という新視座を入れ、戦時下における日本軍と喇嘛僧との関係を考慮に入れて再考を試み、当該資料の歴史的価値づけについての見直しを行った。日中戦争勃発後、満州・蒙古・中国では蒙古民族と彼らの信仰する喇嘛教の扱いが統治上の重要課題となり、軍の特務機関との連携のもと、喇嘛僧を政治利用するための喇嘛教工作が、小川貫弌を含め、仏教史学者たちによって積極的に進められており、チベットを中心とした従来の世界観から喇嘛教を切り離し、日本を中心とした大東亜の新世界のなかにこれを位置付けるという、広く大陸全体で展開された喇嘛教工作の動きのなかで、小川貫弌の残した五台山資料を改めて読み解く必要性に強く迫られた結果である。
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