研究課題/領域番号 |
18K00955
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
三谷 芳幸 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (80756271)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 律令制 / 土地制度 / 古代 / 比較史 / 文明化 / 開発 / 農業 / 荘園 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、土地制度の分析によって、日本古代の文明化の過程を明らかにすることにある。律令国家成立前後の土地制度について、心性史的分析と比較史的分析を行うことで、日本固有の伝統社会=「未開」の位相と、中国伝来の律令制=「文明」の位相を明確化し、前者から後者への移行プロセスを具体的に跡づけようとする試みである。土地をめぐる呪術的・宗教的・道徳的心性の分析と、日中の比較による土地制度の異同の分析を通じて、「未開」の要素と「文明」の要素のあり方を確かめ、律令国家の成立にともなう社会の文明化の様相を明らかにすることを目指している。 2年目にあたる2019年度は、前年度に引き続き、主として土地をめぐる心性の分析に取りくみ、大きな成果を得ることができた。まず、買地券・木簡などの出土史料、条里遺構・荘園遺跡の発掘成果などの考古学的資料、そのほか古記録などの文献史料を幅広く検索し、土地にまつわる特徴的な観念・慣行・禁忌の例を数多く収集することができた。また、それらの史資料にかかわる史跡として、高瀬遺跡(富山県)、池島・福万寺遺跡(大阪府)、糞置荘・道守荘故地(福井県)、鵤荘故地(兵庫県)、益田池堤(奈良県)、名草溝周辺(和歌山県)、神宮神田周辺(三重県)、金貝遺跡周辺(滋賀県)などを現地調査したほか、矢田部益足買地券(倉敷考古館)を実見し、有益な情報を得ることができた。 こうして得られた材料をもとに、土地・水利開発をめぐる禁忌や、土地所有・売買のあり方、地神に対する信仰などを分析し、その結果を、奈良時代から平安時代にかけての社会の文明化の流れなかに位置づけることを試みた。その成果は、『大地の古代史』(吉川弘文館)にまとめられ、単著書として公刊することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
4年間の補助事業期間のうち、2018・2019年度は、おもに土地をめぐる呪術的・宗教的・道徳的心性の分析、2020・2021年度は、おもに土地をめぐる中国思想の影響の分析に取りくむ計画である。前者については、2018年度に史料の収集を進め、2019年度にその体系的分析をおこなう、というスケジュールを立てていた。 2019年度までの実際の成果としては、史資料の探索と現地調査によって、心性分析の材料となるべき事例を集成し、それらの事例をもとに、土地にまつわる独特の観念・慣行・禁忌の体系的・総合的分析をおこなうことができた。その成果は、前述のように、単著書『大地の古代史』として公刊された。同書では、「大地と国魂」「大地の開発」「大地の所有と売買」「大地の禁忌」「大地と天皇」という5つの章にわけて、クニの支配者と国魂=大地の生命力との関係、土地・水利開発と神霊との関係、土地の所有・売買にみられる宗教的性格、貴族社会における地神の禁忌、天皇の身体と大地との関係、天皇による国土支配の原理などについて議論し、それらの事象を古代社会における「未開」と「文明」の葛藤のプロセスのなかに位置づけた。これにより、2019年度までの研究成果を広く世に問うことができた。 以上の理由から、研究はおおむね順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度・2021年度は、土地をめぐる中国思想の影響の分析に取りくむ計画である。 2020年度には、国家権力による土地開発において、中国と日本のあいだにどのような共通の理念があったのか、日本に独自の要素があったとすれば、それはどのようなものなのか、を明らかにすることに努めたい。具体的には、国家的な土地開発を担っていた地方官の事績に注目することを考えている。正史の良吏伝や説話史料などから、中国・日本の地方官による開発事例を収集し、それを比較することで、日中の開発理念の共通点と相違点を追究していきたい。また、そこには、儒教をはじめとした、開発を正当化するための合理的・開明的思想の存在が推測されるので、儒教などの古典に遡って、開発理念の根拠を探索することも試みてみたい。これらの作業によって、日本古代社会にどれほど中国の開明的思想が浸透し、それにもとづいた国土開発がどれほど展開したかを、明らかにすることを目指している。 2021年度には、中国的な農民道徳(農業規範)がどの程度、日本古代社会に定着したかを追究したいと考えているが、中国の古典・正史・説話史料などを検索する作業は、2020年度の課題とも共通するので、可能な範囲で、2021年度の課題への取りくみを、2020年度中にも並行して進めていきたい。また、2019年度までの呪術的・宗教的心性に関する研究成果を、中国との比較という2020年度の作業と有機的に結びつけることにも留意したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度の支払請求額相当分は、遺跡・遺物調査のための国内旅費として全額使用されたが、2018年度に生じた次年度使用分が、ほぼそのままの額で、2019年度の次年度使用分として2020年度に繰り越されることになった。 当初の計画では、2018年度・2019年度に、日本古代史・心性史のほか、国文学・神道学・民俗学・人類学・宗教学などにかかわる図書資料を幅広く収集することを目指していたが、2019年度に研究成果公開のための単著書を刊行するにあたって、入手済の図書資料による成果の総括作業が中心となり、また遺跡・遺物の現地調査が大幅に増えたことで、新たな図書収集作業を十分におこなえなかったことが、次年度使用額が生じた主な理由である。 2020年度には、繰越分と新たな請求分とをあわせて、中国古代史関係図書を含む新たな図書資料の収集に使用するよう努めたいが、2019年度と同様、土地開発にかかわる現地・現物調査のための旅費にも、積極的に使用したいと考えている。
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