研究課題/領域番号 |
18K00990
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
二木 博史 東京外国語大学, その他部局等, 名誉教授 (90219072)
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研究分担者 |
上村 明 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 研究員 (90376830)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | モンゴル / 外邦図 / サイルオス / 駅站 / 秘密測図 / 旗(ホショー) / 手書きの地図 |
研究実績の概要 |
研究代表者は、日本の軍部がモンゴル地域で作成した軍用地図「外邦図」の研究をすすめた。今年度はとくに1918年に日本の臨時測図部が外モンゴルで直接測図したサイルオス地域の地図を分析し、国際学会で研究発表をおこない、論文「日本軍が1918年に測図したサイルオス地域の地図について」にまとめた。サイルオスは、清代においては北京からモンゴル地域の主要な都市へ文書を伝達し、官吏を派遣するための駅站路の重要な中継地点であった。1918年に日本軍がこの地域で秘密測図をおこなったのは、ロシア革命後のロシアの内戦に干渉するための軍事作戦のなかで、外モンゴルをとおるルートが検討されたためだとかんがえられる。 同地図にふくまれている情報を整理し、19世紀のすえにフレーからサイルオスまでの駅站路のくわしい記録をのこしているロシアのA.M.ポズドネエフの記述や日本の大谷探検隊のメンバー野村栄三郎の記録とてらしあわせた。1911年12月にモンゴルが独立を宣言し清帝国との関係を断ったことにより、従来の北京とむすぶ駅站路の役割は低下したとかんがえられるが、そのことが本地図にはある程度反映されていることが確認できた。 研究分担者は清朝期において旗(ホショー)の地図がいかに作成されたかを解明するため、モンゴル国立文書館において関連史料の調査をおこなった。とくに、早くから測量地図にちかい正確に境界を描いた地図が作成されたセツェン・ハン・アイマグの右翼中右旗と、現存する地図の数がもっとも多い同アイマグ左翼後末旗のふたつの旗の史料を調べた。その結果、同盟では道光・咸豊年間に度々境界オボーの再編が行われており、それに伴って旗の地図が作成されていたことがわかった。 研究代表者、研究分担者その他2名の共同編纂『モンゴルの地図・地名の研究』をモンゴルで刊行した。同書は研究代表者の論文2篇、研究分担者の論文1篇を収録。
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