本研究は、遊牧系民族クルグズ(キルギス)の旧在地支配層「マナプ」の動向分析を主軸として、中央 アジア現代国家の成り立ちと展開の一端を実証的に明らかにすることを目的とする。本研究は、マナプをソ連政権とクルグズ社会を結ぶ在地の「協力者」(コラボレーター)として位置づけ、現代国家黎明期における両者の相互関係を描出するものである。研究手法としてはミクロヒストリーを用い、ロシア帝政期の一有力マナプ(シャブダン:1839-1912)の子孫たち(シャブダフ兄弟)に焦点を当てつつ、その動向 (ロシア革命期からソ連時代を経て現代に至る)の実相と意義を史料から詳らかにした。史料としては、ロシア(モスクワ)、カザフスタン(アルマティ)、キルギス(ビシュケク)の公文書館を中心に関係史資料を精査・収集するとともに、現存する子孫への聞き取り調査も実施した。その結果、大きく以下の2点が明らかとなった。 第一に、本研究では、当該時期におけるシャブダンの子孫たちの動向について、その実相 と意義を実証的に検討した。とくに、ソ連の公式見解では、「階級の敵」の代表的存在として消極的に位置づけられていた彼らが、現代国家形成の実際の過程において顕著な活動を示していたことを明らかにし、論文として発表した。 第二に、ソ連期から現代に至るまでのシャブダンに対する評価の変化に着目した。シャブダンはロシア革命とソ連邦の成立を待たず、1912年に没した。にもかかわ らず、シャブダンは、その没後、ソ連時代から現代に至るまで戯曲や伝記、映画といった 様々な媒体の中で取り上げられ、根強く「生き続けて」きたことを明らかにし、論文として発表した。
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