研究課題/領域番号 |
18K01030
|
研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
小山 啓子 神戸大学, 人文学研究科, 教授 (60380698)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 近世フランス史 / リヨン / 外国人 / 同郷団 / 書記 / 国務卿 |
研究実績の概要 |
本年度の研究の1つ目は、昨年度から引き続き、16世紀リヨンの都市議事録およびフィレンツェ同郷団規約にみえる、フィレンツェ人のリヨンにおける役割と活動について明らかにすることであった。フィレンツェ同郷団は異国であるリヨンにおいてその商業活動と権利を守るために、50条からなる独自の規約を持っていた。在留都市側の史料と同郷団側の史料をつきあわせて検証することにより、16世紀フランスにおける移民と都市民の関係性を複眼的に考察した。本研究は雑誌French Studies(Oxford University Press)に投稿し、2022年2月に刊行、4月にオンライン上でも発表された。 2つ目の研究は、行政文書である書簡の書き手、すなわち書記の分析である。近世フランスにおいて国制の中心を担う国務会議や顧問官に関しては、これまでその内実がほとんど明らかにされてこなかった。特に中世と近世の狭間の時期に該当し、それゆえか注目されることのなかった「国務卿の父」と称されるフロリモン・ロベルテ(1世)を取り上げることで、この時期に新たに行政官として台頭する役人が、それまでとは異なるどのような経緯を辿って政治の表舞台に登場してくるのかを考察した。彼の業務は主として、国王の公証人・書記団体の一員として書簡の発給を行うことであった。宮廷では家政の役人が国王の書記の役割を担う傾向があったが、一般の公証人・書記よりもはるかに高給取りで、財務関係の書簡に専属で署名し発給する許可を与えられる書記の専門家集団がこの時期形成されつつあり、フロリモンはまさにその中の一人であったのである。ルネサンス期における古典の復興という事業の中心には、しばしば書記官といった要職にある人物が関わりをもっており、それが現実の政治とも結びつくことになった。この研究に関しても一部はすでに原稿を投稿しており、近く出版される予定である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新型コロナウィルスの流行により、フランスの文書館で新たに手稿史料を調査する作業を行うことはできず、また当初参加を予定していた国際歴史学会(ポズナン開催)は2022年度に延期されるという変更があったが、日本においても可能な作業に切り替えて研究を進めることができた。 その一つが、外交交渉における書簡作成の重要性と大きく関わる書記の問題である。ルイ12世はヴェネツィアの大使にほぼ毎日手紙を認めていたというが、フロリモンのような寵臣たちの日常的な仕事がこうした外交文書の作成であり、それらは大使に与える派遣状や指示、あるいは条約の起草などであった。実務を担った彼らであったが、これまでの研究ではその実態があまり明らかにされてこなかった。フロリモンの基盤と言えるものはほとんど国王の寵愛という不確かなものであったが、身分制社会の中で生まれながらの身分を越え、寵臣という要素で国家行政の最上位に登りつめた最初の財務長官となる。そして実際に、彼の孫甥フロリモンはアンリ2世期に創設された国務卿(内閣の先駆け)に就任することになる。このような近世における国制の変化の特徴を、書記という役人に注目して検討することができた。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究課題を延長して行う申請を行い認可されたため、昨年度に引き続き、行政における書記の役割を中心に分析していきたいと考えている。2021年度は主としてフロリモン・ロベルテという人物を検討したが、その他の書記も分析に加えることにより、15世紀末から16世紀にかけて外交・財務の実務家・専門家集団がいかにして国家や都市の中枢で活躍するに至るのか、そのキャリアと役割、王権との関係性、さらには王国行政の変容についての研究を深めていきたい。書簡の作成者=行政文書の作成者である近世の書記を分析するにあたっては、都市、貴族、王権といった多様なアクターを包摂する視野の広い研究が必要であると考えている。 感染状況が改善し、渡航が可能であれば、当初予定していたパリおよびリヨンの文書館で都市議事録などの史料調査を行うが、もし渡航できない場合でも、すでにこれまでに入手した議事録の読解を進めたり、文書館がHP上で公開している史料を中心に作業を進めて成果を論文として公開したいと考えている。 また、アンリ2世の王妃であり、シャルル9世期には摂政を務めた王母カトリーヌ・ド・メディシスは、生涯約6500通もの書簡を残している。これらは19世紀末以降順次刊行されたにもかかわらず、この書簡を用いた研究はまだほとんどなされていない。私はこれまでにその一部を解読したが、16世紀のフランスの行政のあり方を知る上で重要であることは言を俟たない。彼女自身とともに、彼女が経験した複雑な時代を知る貴重な手がかりをも与えるこの膨大な書簡を、史料として分析することも考えている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルス感染症の流行により、当初予定していたフランス国立文書館(パリ)、ローヌ県文書館、リヨン市文書館、ヴァティカン文書館での史料調査・収集を行うことができず、また参加を予定していた国際歴史学会(ポズナン)が2022年度に延期されたため、外国旅費を使用することができなかった。国内の各種学会・研究会に関しても、昨年度はほぼすべてオンラインで開催されたため、国内旅費も発生しなかった。以上の理由により、次年度使用額が生じた。
|