研究課題/領域番号 |
18K01046
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
平野 千果子 武蔵大学, 人文学部, 教授 (00319419)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 国民史の書き換え / フランス史 / マイノリティ / 歴史認識 / 宗教 / 植民地 / ジェンダー / 外国人 |
研究実績の概要 |
2019年度は、何よりもまず大学生向けのフランス史の教科書『新しく学ぶフランス史』(平野編著、ミネルヴァ書房)が刊行されたことを記しておきたい。本書は中世から現代までのフランス史を時系列に、12の章で語り下ろしたものである。今日、グローバル化が進むなかで、国民史の書き換えが各地で試みられており、本書もそのささやかな一つの試みとして始まった。本書の特徴は、宗教、対外関係/植民地、ジェンダーという三つの軸を設定したことにある。とりわけ本書の意義は、中心の柱となる歴史の傍らに、植民地や女性/ジェンダーの歴史が添えられているかのような体裁をとるのではなく、これらの要素を本筋の歴史のなかに取り入れたこと、少なくとも取り入れようと試みたことだと考えている。いずれも近年、研究が進展している領域であると同時に、現代社会の問題としても、もはや欠かせない論点で、本のタイトルもこうした本書の立ち位置から原稿がそろった段階でつけたものである。執筆者により濃淡はあれ、各章にこれらの要素を織り込んだことで、フランス史を立体的に語ることができたのみならず、独自性の高いものとなったのではないだろうか。 私自身は国民国家形成と海外進出が同時並行した第三共和政期の章と、第二次世界大戦後の時期を植民地との関連で見通した現代史の章の二つを担当した。そこで意識したのは、フランスというヨーロッパの国家における、ヨーロッパ外に出自をもつマイノリティの存在である。黒人も含めた国民史の書き直しという、本研究にそった試みの一つを形にできたと考えている。 2019年度のもう一つの成果は、昨年度に公表した「ナポレオン期の奴隷植民地グアドループ」を改稿した論考を、「ナポレオンと植民地」として『ジェンダー・暴力・権力』(鳴子博子編)に掲載したことである。改稿によって、マイノリティとされる人びとの意識のあり方などが、より明確になった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2019年度は設定していた二つの大きな目標を着実に進めることができた。一つはナポレオン期以降、20世紀までのやや長いスパンを取って、カリブ海の状況を把握することである。それは「ディアスポラ」というキーワードの基に、現在、成果をまとめつつある。カリブ海植民地には、いわゆるブラック・ディアスポラの人びとが奴隷として送り込まれていたが、19世紀半ばに奴隷制が廃止されると、まずは奴隷の代替労働力として、新たに中国やインドから契約労働者が到来し、この地のあり方を複雑にした。時代が下ると今度はカリブ海の島々から人口が旧宗主国に向けて流出するようになった。その規模は、新たなディアスポラとも呼べるものである。現代ヨーロッパ社会の多様化を奴隷植民地とのつながりで見ることは、フランス国民史をどう語り直すかという問題に直結している。 第二の課題は、いわゆる人種問題やフランスにおける人種観の解析である。ある人間集団の、他の集団に対するまなざしの形成や変化は、すぐれて歴史的なテーマである。まして植民地史研究には、この視点はつねについて回る。手元の調査はそれなりに進展しており、形にする準備を今後も進めていきたい。 以上に加えて、二つの点で想定していなかった視野が開かれた。一つはフランス領アフリカ史に関する辞典項目を脱稿できたことである。小さな書き物とはいえ、フランス植民地史研究の立場から、アフリカ史研究を俯瞰しつつ、研究の論点を抽出して項目をまとめられた。二つ目は、フランスにおける国民史の書き換えの試みといえるパトリック・ブシュロン編著『世界のなかのフランス史』(スイユ社、2017年)をめぐる議論に参加したことである。これを機に招聘されたフランス人研究者とともに、日仏の歴史家の対話に参加したことは、改めてフランスの外部世界を取り入れた歴史の語りを考える、格好の機会となった。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の3年目となる今年度に向けては、大きく3つの目標を立てている。第一に、2019年度に行われたシンポジウムをもとに、改めてグローバル化の時代における国民史の可能性を考えることである。ブシュロン編著『世界のなかのフランス史』は植民地史や移民史にも配慮したものであったが、実はこうした要素を組み込んで国民史の書き換えをしようとする試みには、大きな批判が想定される。本来の「フランス的」要素とは異質のものだとする観念が強いからで、まさにここに歴史認識の問題が現れてくる。そのような批判をあらかじめ回避するため、本書においてもアプローチがやや偏っている面もある。それも含めて本書のような意欲的な作品から何を受け取り、今後どう発信していくのか、というきわめて現代的な問いを形にしていきたい。 第二に、2019年度はディアスポラというキーワードの基に、フランス領カリブ海からフランス本国への人の移動について探究したが、2020年度はさらに史・資料を確認しつつ、一つの成果としてまとめたい。この作業は、本研究の計画の一つである黒人史を整理する一環に位置づけられる。長期のスパンに立ったものなので、その後の第二次世界大戦後の状況の探究への橋渡しにできると考えている。 第三に2019年度と同様、人種問題について引き続き探究を深めることである。人種主義の歴史をヨーロッパが対外進出を始めた大航海時代から通観する作業は、個々の論文を執筆するのと並行して、時間をかけて行っている。手元の調査では、19世紀後半の帝国主義の時代をまとめているところで、それは上記2点の研究と呼応する論点をもつはずである。 また本年度も、状況が許すなら、フランスでの文書館での資料調査を中心に海外出張に出かけるつもりである。オンラインでデジタル化された資料を閲覧する可能性は、近年、飛躍的に伸びたが、現地での生の声の収集も定期的に行いたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度には夏と冬の二回、海外出張をする心づもりであったが、諸般の事情に加えて、想定していなかった仕事の依頼があった。本研究に大きく関係するテーマであるものの、予定外のことであったため、それぞれの準備に多くの時間を割く必要が生じたことから、夏に予定していた出張を断念せざるを得ず、旅費に充てようと考えていた予算を消化しないままに終わった。また夏に研究会を開催したが、当初、地方から招聘する予定だった研究者のなかに参加を取りやめた人たちがおり、その分の旅費も消化しなかった。結果として次年度繰越金が生じたしだいである。 今年度は繰り越した分も含めて資金に余裕があるので、感染症の状況を慎重に見極めながら、改めて海外出張を予定して、今年度に延びた分の資料調査などを実施したい。さらに一部はコンピュータの購入にあてる。
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