本研究では、人種主義の問題をつねに念頭に置きながら、フランスの黒人史をたどってきた。2023年度は本研究の最終まとめに向けて、さらに補完的な論文を執筆すべく準備を進めた。一つは、フランスが植民地を全面的に動員した第一次世界大戦に関する研究史の整理である。研究史は大戦100周年を前にした時期にまとめたことがあるが、この大戦は国民史や歴史認識を考える上で一つの区切りとなるものでもあり、その後の研究の進展も合わせて改めて論文を執筆した。 もう一つは、その第一次世界大戦後のパリに到来し、言論活動を展開した植民地出身者たちについてである。上層の出身である彼らは新聞や雑誌を刊行するなど、さまざまな立場から発言をしたことが知られている。その中に、少数ながら女性もいた。とりわけカリブ海植民地の出身で、雑誌を創刊しサロンを開くなどしたナルダル姉妹は、パリにマイノリティとして滞在する経験を通して、自身にもアフリカ人に対する偏見があったことを自覚し「人種意識」に目覚めていく。周知のように1930年代には「ネグリチュード」思想がセネガルのサンゴールやマルティニックのセゼールらによって提唱されるが、近年の研究は彼女たちが執筆した論考にこそ、その先駆的な思想が見出されることを明らかにしてきた。これはまさに人種とジェンダーが切り離されるものではなく、同一の地平にあるという根本的な論点を示している。のみならず、いかなる思想が唱えられいかに継承されてきたのかという歴史認識に関わる側面も浮き彫りにする。本論文は25年度中に活字にする予定である。 本研究では、フランス国民史における黒人というマイノリティに注目したことで、研究の当初から、さらに異なるマイノリティである女性やジェンダーの問題が、避けて通れない課題として浮上してきていた。結果として、きわめてインターセクショナルな視角からこのテーマを扱うことにつながった。
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