研究課題/領域番号 |
18K01077
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研究機関 | 奈良大学 |
研究代表者 |
小山田 宏一 奈良大学, その他部局等, 特別研究員 (00780181)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ダム式 / 溜池 / 狭山池 / 義林池 / 百済 / 江南 / 技術供与 |
研究実績の概要 |
本年度は、日本・韓国・中国にみられる古代溜池の土木技術系譜の解明に注力した。 日本最古のダム式溜池である狭山池の築堤技術の特徴は、表土ブッロクと粗朶の敷設を併用する補強土工法であり、その系譜は忠清北道堤川市義林池に求めらられる。義林池は、粗朶のAMS分析からA.D180年~410年の年代が得られているが、本研究では、百済が4・5世紀頃に、南漢江流域の地域経営の中で建設した水利施設であると考えている。 このことから、狭山池に代表される古代日本のダム式溜池の土木技術系譜は、半島三国時代の百済に求められるという結論に達した。つまり、社会基盤備事業を進めることが課題であった7世紀倭国の王権が、友好関係にあった百済に要請し、ダム式溜池の設計思想・土木技術・運用方式の提供を受けた解釈できよう。国家間の技術供与である。 義林池は三国時代の半島に突如として出現した完成度の高いダム式である。しかし半島の中で、その技術系譜はたどれない。古代中国の溜池は、自然の沼沢地などを改造したタイプから始まる。北魏『水経注』によると、淮河と長江(揚子江)の流域に溜池が多い。低平地がひろがる河南省から安徽省北部にかけての淮河流域はダム式が少なく、河道跡の窪地に堤を築く低地型が優勢である。一方、江蘇省南部から浙江省北部にかけては谷の出口をふさぐ河谷型のダム式溜池が多い。このことから、義林池のルーツは、溜池灌漑が発達していた中国の中でも、ダム式溜池が優勢である江南に求められる。 古代王権が掌握する土木技術は、日常的な交流で伝わったものでない。百済は江南の六朝と、古代日本の王権は百済と友好関係を築いていた。高度な土木技術は、こうした外交関係を通じてもたらされたのである。狭山池は江南にはじまる古代東アジア溜池ロードの終着点である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
コロナ禍により、本件研究の核心である古代日韓溜池の土木技術系譜の細部について、韓国研究者と対面することができず、関係図面をもとに具体的に検討することがかなわなかった。結果、これからの課題等を具体的に共有することが不十分におわった。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は最終年度で、これまでの研究成果をまとめた報告書を作成する。
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次年度使用額が生じた理由 |
調査報告書を作成するため。
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