研究課題/領域番号 |
18K01094
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
南 武志 近畿大学, 理工学部, 教授 (00295784)
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研究分担者 |
高橋 和也 国立研究開発法人理化学研究所, 仁科加速器科学研究センター, 専任研究員 (70221356)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 硫黄同位体分析 / 超微量分析 / 遺跡出土朱 / 産地推定 |
研究実績の概要 |
日本と中国の辰砂鉱山鉱石の硫黄同位体分析から遺跡出土朱の産地を推定することを目的としている。弥生時代後期の日本海沿岸の非常に有力な権力者の墳墓からは中国産鉱山の朱を示すδ値が観察され、その周辺の墳墓からは畿内産鉱山の朱を示すδ値を観察している。このことは、弥生時代後期から古代大和政権誕生とその後の勢力拡大に朱が利用されていた可能性を示唆している。すなわち,朱が威信物外交手段の1つとして当時の権力者に使われていた可能性がある。当時の権力推移を知るためには朱の産地推定が有力な手段であると考え、積極的に墳墓出土朱の収集と分析を行ってきた。しかしながら多くの墳墓ではそれほど多量の朱は用いられていなく、ほんの僅かな朱が観察される墳墓が多数を占めている。また、土器や石棺などに使用された朱は文化的な要因から、破壊分析のために削り取ることは困難である。そこで硫黄同位体分析に用いる朱の量を従来に比べおよそ1000倍感度が高い0.5~5μgで測定できる超微量分析法を開発した。従来法は土器や石器から朱を削り取らなければ分析できなかったが,本法では一粒の朱で分析可能であり,粘着テープを土器や石器の上から軽く押し当てることで対象物を傷つけることなく採取して分析が可能である。また,従来法では産地が異なる朱を混合した可能性を考慮しなければならなかったが,本法では1粒で分析可能なためその可能性は極めて低いと考えられる。遺跡朱の分析に協力してくれる方々に本測定法のメリットを報告したところサンプル提供依頼が増え、その結果、北部九州地方の弥生時代中期から後期の遺跡で中国産と日本産朱の使用分布で興味ある結果が得られた。また、香川県でも弥生時代に中国産朱を用いていた遺跡が明らかになり、弥生時代後期に北部九州から瀬戸内海を通って中国産朱がもたらされた可能性が明らかになりつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
超微量硫黄同位体分析法が確立されたことにより、遺跡から得られる1粒の朱で産地推定が可能となった。この結果、遺物をほぼ傷つけないでサンプリングが可能となり、また遺物にわずかな朱が存在している場合でも分析可能となり、全国の遺跡出土朱の産地推定の機会が格段に増え、中国産朱を使用したか、あるいは国内のどこの鉱山産の朱を用いたか,遺跡の地域および年代ごとに明らかにすることで、今後の文化財や考古学研究者に大きなインパクトを与えられると考えている。一方、従来は数十mgの朱を集めて分析した結果、鉱山の硫黄同位体値と異なる値が検出された場合は複数の産地の朱を混合した可能性が示唆されたが、本法では1粒の朱で分析を行うことから産地の異なる朱を混合した場合、異なった数ケ所以上のポイントから朱をサンプリングしないと結果を見誤ってしまう可能性が高い。今後、この点を十分に考慮しながら分析を行いたい。 問題点としては、遺跡出土朱のサンプリングに伴う全国各地の所有者との連携である。朱を出土している遺跡は全国各地に存在するが、都道府県の埋蔵文化財センターや市町村の埋蔵文化財センターなど、その保管場所は各地で統一されておらずバラバラである。また、重要文化財に指定された遺跡などからは、サンプリングできない。そのためいかに朱を収集できるかが課題と言え、そのためには全国各地の文化財関係者に情報を発信して研究の意義を理解してもらい、より多くの遺跡から朱を収集して分析することと、地方を限定してその地方における時代および遺跡の場所と朱が用いられた鉱山の分布を明らかにしていくことも、文化財および考古学関係者に興味を示させる手段であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
全国の埋蔵文化財関係者に遺物を傷つけないという本法の利点を理解してもらい、特に弥生時代から古墳時代の遺跡出土朱の産地推定を網羅的に行いたい。そのためには、学会発表や論文発表などを今以上に積極的に行うことが必要と考えている。特に、古代大和政権が誕生する前後は、研究者だけでなく一般の人たちも強い興味と関心を抱いていることから、この時代の九州・四国から近畿地方の西日本を第一に考えている。幸いにも各地の埋蔵文化財関係者に本研究の意義が浸透しつつあり、本年度は北部九州地域だけでなく、九州全域での調査が可能になり、また四国においても香川県や徳島県の縄文時代および弥生時代の遺跡出土朱の収集が可能となっている。これらの遺跡出土朱の硫黄同位体分析を行い、中国辰砂鉱山産朱が九州から近畿地方にもたらされたルートを明らかにしていきたい。 さらに、本法を世界の考古関係者に紹介することも行っていく。特にヨーロッパにおいてローマ時代の壁画や絵画に朱が用いられていることから、傷つけずに朱を対象物からサンプリングして産地推定が可能になることに、ヨーロッパの考古学関係者が興味を持っている。現在行っているバルセロナ大学との共同研究をさらに推進し、超微量硫黄同位体分析による遺跡出土朱の産地推定法を世界基準にしたいと考えている。
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