最終年度にあたる本年度は、初年度・昨年度の作業を踏まえ、研究成果のとりまとめ作業を進めた。成果は、本研究に関連する書評のほかに、2つの論文として成稿する予定であったが、後者は残念ながら本年度のうちに提示することができなかった。その要点は以下の通りである。 第1の論文の焦点となるのが、近代の中国東北部、いわゆる満洲の北部、とくに哈爾浜(ハルピン)と斉斉哈爾(チチハル)で展開した帝国日本のツーリズムである。日露戦争の後、帝国日本が得た関東州や南満洲鉄道沿線とは異なり、北部満洲にはロシア帝国/ソ連の影響力が強く残っていた。そのため、満洲北部への帝国日本のツーリズムは、初期には敵対するロシアあるいはヨーロッパ文明への旅という性格を帯びていたが、次第に帝国日本の最前線として位置づけられ、日本人ツーリストに手懐けられた地域へと変貌していく。 第2の論文の論点となるのは、昨年度の歴史地理学会大会(立命館アジア太平洋大学)の特別セッション「他者の目で見た近代地理認識」で筆者が提示したように、「帝国日本のツーリズムと心象地理の空間構造」が、かなり複合的な構成をもつと考えられることである。すなわち、それは単純な同心円構造ではなく、文明化/停滞、同質性/異文化、他の帝国・文明との対峙/征服という三つの軸が組み合わされたものとして理解できる。この問題提起は、事例研究というよりも、より方法論的な議論として提示したい。 しかしながら、昨年度と同様、新型コロナ肺炎の影響により、哈爾浜・斉斉哈爾での現地調査を控えざるをえなかったのは、残念である。これを補うべく、古書や復刻本の購入を積極的に進めた。結果として、上記の作業のために必要な資料は、かなりの程度得られているものの、未解明の事柄も残されている。とはいえ、当初の研究期間を終えたことを受けて、ここまで得られた成果をすみやかに提示できるよう努める。
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