研究課題/領域番号 |
18K01142
|
研究機関 | 福岡教育大学 |
研究代表者 |
石丸 哲史 福岡教育大学, 教育学部, 教授 (50223029)
|
研究分担者 |
平 篤志 香川大学, 教育学部, 教授 (10253246)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | アントレプレナーシップ / ソーシャルビジネス |
研究実績の概要 |
2018年度は,以下の研究成果が得られた。 高齢化社会への対応や子育て環境の整備などは,全国あまねく対応が求められている社会的課題であり地方においても例外ではない。このような社会的課題解決に向かう事業が ソーシャルビジネスといえるが,事業者はNPO法人や公益法人の形態をとることが多いことがわかった。NPO法人は税制上の優遇措置等が付与されているが,非営利活動にかなり限定されている。営利目的では社会的課題には対処できない,あるいはこういった社会的課題の解決をめざすためには,収益性が見込まれないマーケットに参入すべきとする起業家の意識があるのも事実であった。そういう意味では,利潤追求を要件とする狭義のアントレプレナーシップとはいささか異なる「ソーシャルアントレプレナーシップ」の存在を認めざるを得ない。現実としては,規模や範囲においてマーケットが限定的であり収益化に限界があるため,地方においては「そこそこ食べていける」NPO法人の割合が大きいともいえる。 地方では,高齢者の介護・支援,子育て支援などのサービス充実への要請がとりわけ際立っていることから,これらの課題に立ち向かう起業家は,介護ビジネス,保育ビジネス市場に参入する場合が多く,一般的に社会福祉法人の形態をとる場合が多かった。社会福祉法人は,税制面での優遇や補助等とともに,当該地域における需要が見込めるため起業しやすいからであろう。行政のアウトソーサーとしての役割を担っている場合も多い。 とはいえ,株式会社化して積極的に収益化をめざす社会起業家が存在しないわけではなかった。地域労働市場や地域のマーケットニッチなど,エリアマーケティングに傾注し社会的サービスの空間的需給の洞察力に長けている起業家も実在していた。これらのビジネスに従事する者には,地方の社会的課題解決意欲にもとづくI/J/Uターンした起業家も含まれている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今回の成果として強調したいことは,「ソーシャルアントレプレナーシップ」という文言を見出したことである。それは,研究代表者および分担者が所属している日本地理学会国際経済・経営地理学研究グループと小田宏信成蹊大教授主宰の同学会産業経済の地理学研究グループが催し,研究代表者がオーガナイザーのひとりを務めたシンポジウム(人口の「田園回帰」と雇用・起業の地域的条件)において,同じオーガナイザーである中澤高志明治大教授が指摘した非市場経済との関係性において導き出されたものである。 中澤が対象とした創業者について,「賃労働には従事していないが,生活の糧の大半は市場における交換から得ているが,創業者の事業には,利潤動機よりは文化や社会の涵養に結びつく互酬的なものが特徴的にみられる。その際には,文化支援事業や地方創生関連の補助金といった再分配の恩恵を受けることもある.」としたが,この点と本研究において対象とした起業家の特徴が類似していたことである。 このような現状や本研究の分析結果に鑑みると,ソーシャルビジネスに従事する起業家には,起業家に一般的に看取できる狭義のアントレプレナーシップというよりは,若干ニュアンスの異なる「ソーシャルアントレプレナーシップ」というものが醸成しているのではないかという点を見出すことができた。このことは,今後,研究を深化していくうえで大きな指針となるものであり,今年度の成果として特筆できるので,おおむね順調に進展しているとした。
|
今後の研究の推進方策 |
2019年度では,2018年度に研究を遂行していく上で残された課題を解決するとともに,申請段階で計画していた内容を以下のように推進していく。 前述のように,2018年度においては,ソーシャルビジネスに取り組む起業家の行動性向や事業特性およびその背景を明らかにしたが,この知見は,必ずしもシニア起業家や女性起業家に限ったものではなく,こういった分類以前の状況であることがわかった。そこで,2019年では,この分類カテゴリーにも配慮しつつも適切な起業家選定を行い,2018年度に残された課題解決を含め,2019年度は以下のような研究を推進する。 ①海外におけるソーシャルサービス成立背景を引き続き分析する。 ②2019年度では,すでに前年度試験的分析を終えた成果と課題をもとに,ヒアリング調査によりデータを収集し,その分析を通じて,九州・四国地方において,女性起業家およびシニア起業家に焦点当てつつも全体像を見失ことなく,ソーシャルビジネス実態と起業家の空間行動の分析する。 インタビューでは,ビジネスとなる地域素材をどのように洞察しているか,地域労働力をどのように活用しているか,起業やその後のビジネス環境はどうであるか,事業を展開する上で他地域にどのように依存しているか,などを聴取し総括する。既存研究のサーベイから得られた知見と当該年度に実施した実証分析結果を併せて,わが国におけるソーシャルビジネスの全体像と九州・四国地方における女性起業家およびシニア起業家の地域的動向についてある程度結論へと導く。 また,ソーシャルビジネスに従事する起業家には,青壮年層の活躍も否定できないことから,これらも含めた各層の特徴も明らかにすることによって,女性やシニアとのコントラストを明確にしていくことも視野に入れている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初の段階では,2018年度はソーシャルビジネスに関する国内外のサーベイに重点を置いていたが,地理学界における他の研究グループとの交流によってソーシャルサービスに係る起業家の特徴の解明を優先する必要が生じたために,経費の変動が生じた。したがって,次年度には,前年度達成できなかった部分の補完も含めている。
|