研究課題/領域番号 |
18K01148
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
杉浦 芳夫 首都大学東京, 都市環境科学研究科, 特別先導教授 (00117714)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 地理学史 / 中心地理論 / 応用研究 / 地域計画 / 都市集落 |
研究実績の概要 |
ポーランドでは、戦後すぐに策定された国土計画案の中で都市ネットワーク整備に中心地理論が応用されたが、1940年代末に本格的な社会主義政権が樹立されたことにより、国土計画の実施は中止され、中心地理論は一転して批判されることになった。その結果、1950年代には中心地理論はポーランド地理学界から姿を消した。 しかし、1953年のスターリンの死去から数年たった頃に始まった共産圏諸国の「雪融け」は学問の世界でも始まり、1960年代になるとポーランドの地理学雑誌に掲載された経済地理学のレヴュー論文においてChristaller(1933)が取り上げられるようになった。この時期、ポーランド地理学者は、イギリス・フランス・アメリカなどの地理学者との共同国際シンポジウムも積極的に開催し、西側諸国との学問交流を始めている。それを契機にして、西側諸国の地理学界における中心地理論についての評価を、ポーランド地理学界でも額面通り受け入る方向に変化していったものと思われる。 1960年代には県(Voivodship)の領域改革に向けての基礎資料を提供する目的から、1950年代に小都市を対象に盛んに行なわれた勢力圏研究が中規模都市、大都市を対象にするようになった。政府の地域開発資金の投資単位でもあるポーランドの地方行政単位は、常に経済効率的に最適なものが追及されたので、そうした中心都市の勢力圏の現状把握はその画定作業のために必須のものであったのである。 この過程で、現実の中心集落の階層構成を中心地理論のK-システムのそれと比較するといった、西側諸国で行なわれていたものと同様な理論的研究も試みられるようになった。さらには、ナチ・ドイツ時代にオーバーシュレージエンを対象に策定された中心地網再編案を、同地での地域計画のための基礎資料作成に際して参照するようなことも行なわれた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
他国に先駆けてChristallerの学問的業績をたたえる紙碑が、彼が逝去した1969年にポーランドの地理学雑誌にすぐさま掲載されたことに象徴されるように、ポーランドでは計画論的中心地研究は1960年代末には「復活」したことが判明した。これによって、ポーランドを対象とした研究はほぼ終えることができたと考え、2019年度の後半には、Peter Worobyがカナダ・サスカチュワン州から研究委託を受けた、中心集落の整備計画への中心地理論の応用研究について検討を始めた。 Worobyはウクライナ出身であり、ベルリン大学などで経済学を学んだ後、戦後カナダへ移住した研究者である。Worobyは、おそらくはベルリン大学時代に(Christaller 1933)を読み、早くから中心地理論に興味を持っていたと思われる。そしてWorobyは、カナダのマニトバ大学の修士課程在学中に、サスカチュワン州王立農業・農村生活委員会による中心集落の整備とそれ踏まえての自治体再編案答申のための応用研究に従事した。 その報告書では、同州全体における中心集落の階層構成(州都、市、大きい町、町、村、小村)を検討した後、同州南西部の中心集落の階層構成とその分布を明らかにしている。報告書の中では、中心地理論の比較的詳しい紹介もなされ、各階層の中心集落間距離をK=3の中心地システムを前提とした場合の理論的中心集落間距離と比較することなども試みられている。 こうして報告書の読解を終えた頃、実はWorobyが修士論文においてこの委託研究を踏まえた理論的研究を行なっていることがわかった。目下、その修士論文の複写物を取り寄せているところであるが、新型コロナ・ウィルス感染症の流行によって図書館の文献取り寄せ業務が停止しているため、いまだWorobyの研究の全体像を解明するには至っていない。
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今後の研究の推進方策 |
当初、最終年度の2020年度に予定していた、都市計画と、イギリスのBraceyのいわゆる中心調査法に基づく中心集落研究、ならびにGreenのいわゆる周辺調査法に基づく勢力圏研究それぞれとの関係を解明する研究の実施は、前年度までの積み残し研究があるため、時間的に無理であると考え、今回は断念することにする。 そこで、2020年度はまずはWorobyの修士論文の複写物を入手し、その研究内容を理解した上で、Worobyがサスカチュワン州から引き受けた委託研究の全体像を解明する。そして、行政領域再編問題に対する中心地研究の応用のされ方の国際比較研究に改めて焦点を絞ることにする。 杉浦(2018)において、戦前エストニアにおける行政領域再編問題に中心地理論を応用しようとしたエストニア人亡命地理学者Edgar Kantの影響を受けた弟子のスウェーデン・ルンド大学の地理学者が、戦後、同国の行政領域再編問題に中心地理論を応用したことを明らかにした。しかし、基本文献の研究がやや不足し、必ずしもその経緯を詳らかにするまでには至っていなかった。今回、行政領域再編方針をまとめたスウェーデン語の原資料(翻訳依頼予定)に基づいて、中心地理論の応用のされ方についてより詳しく検討することにする。 また、研究がほぼ終了しているポーランドについても、1970年代初めに実施された県の領域改革に中心地理論が具体的に応用されるような局面があったかどうかを、ポーランド語文献により確認する。 以上の文献研究を行なった上で、社会主義国家ポーランド、社会福祉国家スウェーデン、自由主義国家カナダにおける行政領域再編問題に対する中心地理論の応用のされ方の特徴について明らかにすることにしたい。
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