最終年度である2020年度は、これまでの研究成果をとりまとめ、学術書『連続性への希求―族譜を通じた「家族」の歴史人類学』(瀬川昌久著、東京、風響社刊、2021年2月25日発行、全574頁)を刊行した。 同著は、香港新界のW氏一族の詳細な系譜記録が記されている族譜を精密に読み解くことにより、前近代中国の家族生活を再現し、その背後に横たわる親族規範を解明したものである。族譜記載の資料のみを用い、そこから、明代後期から清代後期に及ぶ400年以上の期間の一宗族の人口動態を詳細に再現するとともに、家族形態、養子慣行や祖先祭祀の委託、さらには寡婦、再婚、側室保持などの家族のあり方に関する具体的な事例を忠実に抽出し、そこから前近代中国の家族規範や、世代を越えて探求されてきた価値について分析した。そして、前近代中国のこの一宗族の人々が最も重視し、価値を置いてきたのが、父系継承ラインの継続と、それを具体的に表象する祖先祭祀儀礼の継続であったことを明らかにした。族譜を記載し続けることの第一の目的は、そうした祖先祭祀儀礼の継続を担保することであった。族譜という文書資料のみを用いて、これらを明らかにし得たことは、歴史人類学の研究上、類例を見ない成果である。 このように、研究期間の最終年度内にすべての分析が終了し、成果学術書の公表にまでこぎ着けたことも特筆に値する成果であるが、本年度はさらに、この研究成果を英文で執筆し公開することを企画し、執筆した原稿を英文校閲に出して完成稿とした。これは、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、予定していた東京へのフォローアップ資料調査が不可能となったことにともなう措置である。この結果、当初予定していた和文学術書による成果発表に加え、英文による成果発表も可能となった。なお、同英文成果報告は、来年度以降の公刊に向けて準備中である。
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