研究課題/領域番号 |
18K01184
|
研究機関 | 滋賀県立琵琶湖博物館 |
研究代表者 |
渡部 圭一 滋賀県立琵琶湖博物館, 研究部, 主任学芸員 (80454081)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 資源管理 / 森林資源 / 低植生環境 / はげ山 / 柴山 |
研究実績の概要 |
本課題では、豊かな森林資源に囲まれた村というイメージを転換し、低植生~無植生状態という過酷な状況におかれた人々がどのように生存を維持したかを明らかにすることを課題としている。2020年度は、前年度に続き江国蒲生郡南津田村(近江八幡市南津田町)と近江国滋賀郡北比良村(大津市北比良)を拠点的な対象とした近世~近代期の文書調査と聞き取り調査を継続しつつ、その成果のとりまとめと発表を進めた。 南津田の調査は、前年度までに撮影を完了した現地の南津田町共有文書および国文学研究史料館所蔵南津田村文書の分析・考察を中心とした。北比良村の文書も前年度中に撮影した文書・絵図の分析・考察を進めた。さらに両地点とも、戦前期のことを知悉した高齢話者に対する聞き取りを実施し、資源利用に関する民俗誌的な情報の確保に努めた。 また2020年度には所属機関である滋賀県立琵琶湖博物館の歴史展示室(B展示室)のリニューアル事業を、本研究課題の成果の発信のひとつの媒体と位置づけ、最新の研究成果を複数の展示によって表現することをめざした。具体的には、中~近世における森林植生の変貌をとりあげた「森をひらく」コーナー、および内湖沿岸の定住と開発をとりあげた「水辺にいきる」コーナーにおいて、それぞれ大津市北比良と近江八幡市南津田町をモデルとした大型ジオラマとその解説をするデジタルコンテンツ・展示グラフィックパネルを制作した。 また展示の基礎資料となった比良山麓の山林利用に関連して、大津市北比良の石工・山仕事用具、大津市南小松の石工用具などを博物館の民俗資料として新規に受け入れた。比良山麓の石工用具は総点数1100点をこえる体系的なコレクションとなり、今後の研究発信が期待される素材となった。 以上と並行して、2020年度は「はげ山」研究の課題を論じた論文1編、そのほか一般向けの記事数件を公表することができた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
成果公表の面では、いくつかの論文や一般向け著作を出版することができた。まず本課題の中心的なテーマ「はげ山」をめぐる最新の研究課題を扱った論文を公表した。当該論文では、先駆的研究である千葉徳爾の『はげ山の研究』の精査を通じて、はげ山が共有地の資源管理の失敗例として一面的に位置付けられたことが、その後の研究史におけるはげ山の「特殊」視を招いたことを指摘し、はげ山化した山林と地域社会の長期的な関わりを民俗誌的に取り扱うことの意義を論じた。 また「概要」欄で述べた所属機関における展示事業では、北比良・南津田の両村落の伝統的な植生資源利用に関する民俗誌的調査の成果を体系的に発信した。石材採取に伴う植生の減退、河川への土砂流出、これに対する土砂留や河川の浚渫作業などを含め、植生と人間のアンバランスなかかわりに焦点をあて、環境史に関わる展示としては一定の新規性のある内容を実現することができた。これらの展示制作に関連して、一般むけの媒体でも、過去の植生利用のイメージの転換をテーマとした新聞記事、広報誌記事などを公表した。 一方、感染症拡大対策に関連して、県外で予定していた文書撮影はすべて延期とせざるをえなかった。とくに2019年度末時点で次年度の課題として挙げていた、旧林野庁所管のいわゆる国有林史料の調査は見合わせる結果となった。 同様の理由で、大学院生等による作業補助を予定していたデータ整理等についても、2020年度にはほとんど進展させることができなかった。さらに感染症拡大対策に関連して学会が開催中止あるいは開催方法等の大幅な変更が生じたことから、予定していた学会発表を見合わせざるをえなかった。 これらをふまえ、2020年度の進捗状況は「やや遅れている」と評価せざるをえない。研究期間を次年度に延長し、より安定的な計画を立て直して、調査データの整理分析と成果の発表を進める計画である。
|
今後の研究の推進方策 |
新型コロナウイルス感染症拡大対策の先行きが不透明ななかで、関東圏にある史料所蔵機関での出張調査は困難となることが予想される。これに代え、居住地である滋賀県内で実施可能な調査として、2020年度から試行している滋賀県公文書館、および大津市歴史博物館での文書調査を積極的に組み合わせることで、安定した調査データの取得に努める。 現地調査に関しては、2019年度には感染症拡大対策の影響で、県内での調査にも大幅な制約が生じた。とくに湖東・湖西の調査拠点をつなぐ位置付けとして沖島(近江国蒲生郡沖島村、近江八幡市沖島町)の調査を計画していたが、離島の調査はとくに感染症対策上の支障があって実現しなかった。 感染症対策の状況が緩和された場合には、2020年度に見送った上記の調査(沖島の燃料消費に関する調査)を実施する。あわせて大学院生等の作業補助によるデータ整理等(明治期の地誌や統計書のデータの活用)についても本格的に消化していくこととする。ただしこれらは依然として不透明な状況であることから、基本的な方針として、2021年度は既存のデータの分析、考察に最大の重点をおく。 成果公表の要点は2019年度段階から変更はなく、低植生が生活に及ぼした影響に関する知見を体系的に提示することをめざす。湖東(近江八幡市南津田)では、柴山・はげ山の変遷する不安定な植生環境にあったこと、燃料を移入の「柴」に依存する生活様式が展開していたことを中心的なテーマとする。湖西(大津市北比良)では、柴山が広く展開し、一部では山の斜面での採石による荒廃が起きていたこと、河川への砂の流入を防ぐため明治期には村としての自治的な砂防が始まっていたことを中心的なテーマとする。 このテーマについて、2020年度内に発表した論文での知見も生かしつつ、民俗学分野の学術誌への論文の公表を進める。またオンライン学会での口頭報告も検討する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ感染症拡大対策の関係で、所属機関の立地している滋賀県外で予定していた出張調査(主として国立公文書館つくば分館、国文学研究資料館)を延期したこと、研究発表を予定していた全国学会への参加を見合わせたこと、そのほか滋賀県内を含む現地調査の実施に大幅な制限が生じたことから、予定していた旅費を支出することができなかった。また謝金については、前年度までに集約したデータを整理するにあたり、所属機関外の大学院生等による作業補助を予定していたが、これも感染症拡大対策の関係で、作業の実施を延期することとなった。これらにより旅費・謝金等が予定通りに支出できなかった。
|