本研究プロジェクト開始以来とくに着目してきたエクアドル国のヤスニITTイニシアティブに関する分析の精度をあげるため、2020年以降コロナ禍により実施を中断してきた調査再開にむけて情報収集、関係者との調整など精力的に準備にあたってきたものの、調査開始が迫る2024年1月にエクアドル全土の治安悪化にともない非常事態宣言が発令されたため、やむなく調査実施を中止せざるをえなかった。 一方、2019年実施の現地調査、その後の調査結果の整理と分析を通じて、原油を採掘せずに地中に留めることに対して国際社会からの補償を求めるヤスニITTイニシアティブの特徴が明らかになった。当イニシアティブは、既存の排出権取引の延長線上で国連気候変動枠組条約により模索されるREDD+の枠組みとは、二つの重要な点で異なる。後者が、化石燃料が既に採掘されたことを前提に「事後」的に温暖化ガスの排出を抑制しようとするのに対し、イニシアティブは原油が採掘・消費された場合に排出される温暖化ガスの取引価格を、「事前」に原油を採掘しないことの価値に繰り込もうとする。また、REDD+が温暖化ガス吸収源たる森林の劣化抑止に取引可能な価値を賦与するのに対し、イニシアティブが炭素を含有する原油を地中に保持しようとしている点で、地表(森林)と地中(埋蔵原油)のあいだの対立が認められる。これら既存の枠組みとの齟齬が、イニシアティブがいまだ国際社会に受け入れられていない要因となっているが、本研究では「自然の贈与」の「所与性」をめぐる古典的議論や、表層と背後の弁証法的な関係に着目するフェティシズム論と比較検討することで、イニシアティブがもつ潜在的可能性を掘り起こすとともに、贈与とフェティシズムをめぐる人類学知のヴァージョン・アップを図った。
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