研究課題/領域番号 |
18K01204
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研究機関 | 国立民族学博物館 |
研究代表者 |
盛 恵子 国立民族学博物館, 学術資源研究開発センター, 外来研究員 (30566998)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | イスラーム / セネガル / スーフィー教団 / ニアセン / 女性 / 宗教指導者 / 男女の平等 / 女性の宗教的権威 |
研究実績の概要 |
セネガルにおいて、ティジャーニー教団の分派であるニアセンでは、女性も教団の指導者になる。彼女たちは男女両性の弟子を持ち、彼らに対してニアセンに独自の霊的な教育タルビヤを与える。スーフィー教団には一般的なことだが、弟子は自分の師である指導者に服従する。したがってニアセンでは男性である弟子が、女性である師に服従するという関係があり得る。セネガルの他の主要な教団であるムリッド、ティージャーニー教団のアルハジ・マーリク・スィを祖とする分派、そしてライエンには、女性の指導者が存在しない。これらの教団の男性指導者たちによれば、イスラームでは、女性はモスクでの礼拝の時と同じく常に男性の後ろにいるべきなので、女性が宗教指導者として男性を指導することは許されないからである。 ニアセンに女性指導者が存在する理由は、ダカールで見いだした4人の女性指導者と、2人の有名な男性指導者によれば、スーフィズムにおいて男女の区別は存在しないからである。ものごとには、ザーイル(外の、見える、明らかな )面とバーティン(内の、隠れている、秘密の)面が存在する。我々の日常生活のザーイルな面においては、身体的に男女の区別があり、男性は強健なので、家族や社会を維持する責任を果たすために女性に対する優位が認められる。しかし霊的な領域すなわちバーティンな面においては、人間に男女の区別は存在しない。人間の中には高い霊的位マルタバを持つ者たちがあり、神に関する秘密の知識を持つ。高いマルタバを持つ女性はそうでない男性に勝るので、彼女たちは男性の上に立って彼らを指導する。ニアセンの信徒はタルビヤを行うことによって、バーティンな面では男女に優劣はないという認識を得るという。これら4人の女性指導者のうち3人は、ニアセンで最高位の男性指導者たちから免許を与えられていた。ニアセンの中枢部には、女性指導者を作り出そうという意向が存在する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ダカールでの調査は、ほぼ計画通りに行うことができた。ニアセンの女性指導者たちを4人見つけることができ、彼女たちの活動を観察しその弟子たちから話を聞くことができた。またニアセン創始者イブラヒマ・ニアスの息子であるアブドゥルラフマーン・ニアスと、ダカールで最年長の指導者の一人であるブーブー・スィという男性の権威者たちに会うことができたので、女性指導者はニアセンの教義の中にその存在根拠を持ち、男性指導者によって承認される公式な存在であること、ニアセンにおいて女性の指導者は周縁的・例外的な存在でないことが明らかになった。また、隠れた、秘密の面、すなわちバーティンの領域において男女の差別が存在せず、ただ人間のみが存在するという認識は、信徒各自が、すべての信徒が行うべきだとされるニアセン独自の霊的訓練タルビヤを行うことによって得られる、イスラームの奥義としての認識に含まれることが明らかになった。 さらに、ニアセン以外のスーフィー教団の指導者たちとの面接から、女性指導者はこれらの教団においては存在が許されないことを確認できた。まだ充分な人数の人々と面接していないが、これらの教団の女性の一般信徒もまたニアセンの女性指導者を、イスラームにおける女性の役割から逸脱した存在とみなす傾向があることがわかった。 しかし、イブラヒマ・ニアスの娘でありニアセンで最も有名な女性指導者であるマリヤマ・ニアスがダカールに創設した学校の調査は途中なので、来年度以降に継続する。アラビア語とイスラーム教育のレベルの高さによって知られるこの学校は、セネガルにおけるイスラームの発展に寄与してきた。さらに、女性指導者たちと弟子たちとの接触は、毎週金曜日に行われる集団的な儀礼であるハドゥラトゥル・ジュマーを中心とするので、今後も金曜日の観察を継続する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、ニアセンの本拠地であるカオラックを中心として調査を行う。カオラックにはニアセンの指導者集団の核をなすイブラヒマ・ニアスの息子たちや、コーラン学校を経営するイブラヒマ・ニアスの娘たちや、またその他の女性指導者たちが住んでいるので、イブラヒマ・ニアスの思想をより直接的に知る人々である彼らに話を聞く。また今年度は、会うことのできた女性指導者の弟子たちの人数がまだ充分でなかったので、次年度は彼らから広く、女性指導者とその弟子との関係について具体的に聞きたい。また今年度は、現在セネガルおいてサラフィズムの影響力が拡大しつつあることが、複数のスーフィー教団指導者たちから示された。したがってサラフィズムの女性観とニアセンの女性指導者たちに対する態度も、次年度の調査の対象に加えなければならなくなった。サラフィズムはニアセンが主張するところの、ザーイル(明らかな、外の)とバーティン(隠された、秘密の)の2つの面が存在するという主張を否定し、『コーラン』とハディースに書かれたことを文字通りに行うことを主張する思想だからである。 カオラックの調査に加えて、今年度見いだしたダカールの女性指導者たちの活動の継続的な観察も必要である。また女性の指導者の活動が、ニアセン以外のセネガルの女性ムスリムにとってどう映じるのかも継続的に観察する。総じて言えば、今年度に理論として語られた事柄が、実際には具体的にどのような活動として現れるのかを観察することが、次年度の方針である。
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