研究実績の概要 |
2018年度、賃約(locatio conductio)を扱うD.19,2を分析し、自由人が労働力を提供する雇用と主人が奴隷の労働力を賃貸しする賃貸借の事例を収集するとともに、学説彙纂のうち、特有財産訴権、転用物訴権、命令訴権、分配訴権を扱う学説彙纂15巻を中心に奴隷に関する法文の検討を行い、日本型正社員との類似性を抽出する予定であったが、新たな視点を得たので、これに集中することとなった。 すなわち、解放奴隷に元主人が遺言によって遺す、扶養(alimentum)を手掛かりに、奴隷と元奴隷の社会的位置付けについて検討するという視点である。D.34,1は章全体がalimentumに関する法文を集積したものであるが、その法文の多くにおいて扶養権利者が元奴隷であることを突き止めた。また、D.2,15,8 pr.から25においては、alimentumに関する和解に法務官による承認を課すマルクス・アウレリウス帝の元老院演説と、その運用方法が規定されている。元奴隷にalimentumを与えることが、元主人にとっても、皇帝にとっても重要だったのである。これはalimentumが「社会保障」の役割を果たしていたことをも意味し、現代日本の「終身雇用」とも類似性が認められる。 このような視点からの研究は世界的に見ても先行研究が少なく、慎重な分析が必要であることから、9月のSIHDA(於ポーランド・クラカウ)や、3月の日本ローマ法学会(於京都)においては、多くのローマ法研究者と意見交換し、研究の方向性に確信を得た。
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