研究課題/領域番号 |
18K01220
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
上田 理恵子 熊本大学, 大学院人文社会科学研究部(法), 教授 (00332859)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 法専門家 / 非法専門家 / オーストリア=ハンガリー / 司法制度 / 法的サービス / 自治体調停 / 前段の司法 |
研究実績の概要 |
本研究では,19世紀から20世紀初頭の中・東欧地域における法的サービス需要充足の担い手について実証的考察を行う。2018年度に検討を予定したのは、①オーストリア司法省内の公的代理業申請に関する取扱い覚書109便の文書群とその周辺事情、②オーストリア諸邦における自治体調停制度の導入と改正に関する調査、③ウィーンにおける自治体調停委員と実施状況に関する資料収集である。 上記の検討内容のうち①については、8月にポーランド、スロヴァキア、チェコをめぐる国際移動セミナー参加に参加し、元オーストリア諸邦地域の現地調査を実施した。9月にはオーストリア国立文書館、国立図書館、ウィーン市文書館にて①から③の資料収集を行った。 得られた知見は、①については以下の通り。オーストリア諸邦の各地で1833年以降、自治体職員や年金生活者等、多様な人々に営まれた「公的代理業」は、弁護士や公証人の職域確保のため、政府により段階的廃止が進められた。しかし、帝国解体まで完全には撤廃できなかった。その背景事情として、兵役に関する情報提供業務のように、地域の需要と職種の特殊性が認められた。一方、税務・財務業務では法曹の専権事項化が進められた。②と③については以下の通り。自治体調停とは、区裁判所の負担を軽減し、当事者の需要にあった柔軟な日常紛争解決を目的として、自治体選出の非法律家が調停を務める制度である。今日でもウィーンやティロール等、一部の地域で残るが、信頼度も機能もはかばかしくない。1907年法改正で名誉棄損事件に拡大適用されたが、結局は利用者の多くが裁判所を頼る傾向が認められた。その一方、ウィーンのように一定の利用数が認められる地域もあること、辺境地域であっても地方によって紛争の終局的な解決方法が異なる点などが明らかになった。 以上の成果の一部は、論文と学会・研究会報告となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
公的代理業については、司法省文書の性格、20世紀初頭の文書の全体像をまとめることができた。調査結果の一部は、すでに原稿を提出済の三阪佳弘編『「前段の司法」とその担い手をめぐる比較法史研究』(大阪大学出版会、2019)掲載の拙稿「在野法曹と非弁護士の間―オーストリア司法省文書にみる公的代理業」の内容補足に、限定的にではあるが活かされた。さらに、日本西洋史学会(5月)、ハプスブルク史研究会・東欧史研究会合同個別報告会(10月)での報告により、研究の方向性や課題を見つけた。 訴訟にいたるまでの「前段の司法」として紛争解決に活用されるべき自治体調停制度について、当初から好評ではなかったこと、利用者も増加しなかったこと、一方でウィーンには市議会にも有力な推進者がおり、成果が強調されていたことも明らかにできた。その成果は法文化学会叢書掲載の論稿が印刷中の状態である。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度には、公的代理業に関する司法省文書の検討を継続する。すでに分析した文書群の中から別置されていた文書群、検討した時期の前後の文書群について、当時の定期刊行物や文献と照合しながら検討を進めたい。 今年度の調査結果も含めて発表の機会は、学会における報告(できれば9月末)、欧文論文投稿、11月提出締切の大学紀要雑誌を予定する。 資料収集のための海外渡航も予定。研究会報告での指摘をふまえ、オーストリアの地方文書館での調査も追加検討中である。 さらに、ハンガリー側の事情について、弁護士史の先行研究に学びながら、現地の研究者との情報交換をふまえ、オーストリア側との比較検討の可能性を探りたい。
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