研究課題
2019年度の研究では、①ブラジルにおける困窮者の司法アクセス、②アルゼンチンにおける集団訴訟制度、③ブラジル会社法におけるコンプライス、という各テーマに取り組んだ。第一テーマのブラジルにおける困窮者の司法アクセスの問題は、2018年度に取り組んだ同一テーマの発展研究である。2018年度の研究では、ブラジル法と日本法の民事法律扶助の制度面・運用面の違いを中心に論じた。具体的には、ブラジルでは、裁判所へ予納する費用も弁護士費用も訴訟費用として、民訴法典の「訴訟費用免除」の対象となる。また、わが国における法テラスの民事法律扶助の利用に際し、所得証明等が求められるのと異なり、ブラジルでは、自然人に限り困窮の推定規定があり、さらに、免除決定を受けた予納金は5年の除斥期間に服する。このようにブラジルの制度は非常に柔軟である反面、弁護士のイニシアティヴによる訴訟提起と訴訟費用免除の申立てが行われ濫用が問題となっていることを指摘した。そこで、本年度は、ブラジルでは、わが国の法テラスにあたる公共弁護庁という国家機関がありながら、なぜ民間弁護士による民事法律扶助のニーズがあるのか、また、民間弁護士による法律扶助と公共弁護庁による法律扶助の関係性が判例・学説によってどのように捉えられているのかに焦点を当てて研究を行った。ブラジルの公共弁護庁は、裁判を受ける権利の実質化という大役を担う連邦憲法に定められた国家機関でありながら、検察庁と比べると新しい国家機関であるため、ブラジルの全州に設置されるのに20年近くかかり、全州設置完了後も、十分な組織化や、公共弁護官の配置人数が不足しているのが現状である。このため、連邦憲法の理想とする司法アクセスを単独で実現できておらず、この不足部分を補うのが民間弁護士ということになる。第二テーマと第三テーマは、2019ラテンアメリカ法講演会として実施された。
2: おおむね順調に進展している
過年度の研究において、ブラジルでは、検察庁と公共弁護庁という二大国家機関が、同国における集団的利益救済の重要なアクターとして位置付けられることを示し、これら二機関に関して、ブラジル連邦憲法下における両機関の活動の理論的基礎の解明を行った。これに続き、本年度の研究において、特に公共弁護庁について掘り下げる研究を行い、その活動に係る問題点をクローズアップした。本研究全体の総合的な仮説の一つとして、わが国の経済的弱者等の集団的利益救済に際して、ブラジルの公共弁護庁の活動からわが国の法テラスの活動領域について再考を促すことが考えらえるが、その際の注意すべき点として、公共弁護庁の活動の問題点を指摘できたことは有益であった。特にその問題点が、民間弁護士による法律扶助との関係性にあることは、わが国の法テラスの活動領域を再考する上でも大変参考になる。
これまでの研究では、検察庁や公共弁護庁といった公的機関に焦点を当ててきたが、今後の研究では、民間団体に焦点を当てていきたいと考えている。ブラジルでは、集団的利益救済のアクターとして、労働組合、環境団体、消費者団体等があるが、これらの団体の活動のあり方は一様ではない。そこで、これらの団体の活動に係る根拠法令や判例解釈を紐解きながら、その実態を解明することが課題である。実際、わが国では、例えば消費者契約法の差止請求訴訟や消費者裁判手続特例法の損害賠償請求訴訟において消費者団体にのみ提訴権が与えられているので、わが国の制度と比較することで、わが国の制度への有益かつ具体的な示唆を与えることができると考えている。
ブラジル及びアルゼンチンへの渡航が2020年3月に計画されていたが、コロナウィルスによる渡航自粛要請のため実現できなかった。これは、2019年8月に計画されていた渡航が、大学業務のため実現できなくなり、2020年3月に延期されていたものである。約1か月間の滞在と複数国、複数都市の訪問が予定されていたものが全部キャンセルとなり、次年度使用額が生じる最大の原因となった。渡航により実施が予定されていた研究は、現地の実務家・研究者へのメール・インタビューにより一部実現できたため、当年度の研究遂行にあたり全面的な支障とまではならなかった。次年度使用額による増額分を含めた使用計画としては、PC等の購入による研究環境整備と、コロナウィルスの問題が落ち着けば旅費に充てる予定である。本年度の物品費は主に図書費とスキャナー代に充てられており、PCの購入には使用されなかった。
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法学研究
巻: 92巻7号 ページ: 9-12
巻: 92巻7号 ページ: 13-40
巻: 92巻7号 ページ: 41-57
巻: 92巻7号 ページ: 59-69
巻: 92巻8号 ページ: 9-16
巻: 92巻8号 ページ: 17-27
巻: 92巻8号 ページ: 29-75