本研究は、国際課税の分野における、納税者の権利保護の問題について論じるものである。 2012年から2015年にかけて行われた、OECD/G20によるBEPS(Base Erosion and Profit Shifting、「税源浸食と利益移転」)対抗プロジェクトは、OECD加盟国の立場から、国境を越えて事業活動を行う企業グループによる租税回避行動への様々な対抗策を提言したが、反面、納税者の権利保護についての配慮が十分ではないという批判も出された。国際課税の分野における納税者の権利保護に係る問題は多々あるが、本研究では主として、(1)納税者情報についての税務当局間の情報交換から生じる問題、及び(2)移転価格税制の執行における問題を取り扱った。 上記(1)の問題については、我が国では関連する裁判例は1件しかないが、欧州ではいくつかの裁判例があり、それらの裁判例を検討することにより、プライバシーの保護、企業秘密の保護等をめぐる問題について、欧州人権条約(ECHR、1950)、欧州人権憲章(ECFR、2012)、EU一般データ保護規則(GDPR、2016)等との関係も含めて、納税者の権利保護と当局間の情報交換とのバランスについて考察した。 上記(2)の問題については、非開示第三者情報(いわゆる「シークレット・コンパラブル」)の問題、我が国の移転価格税制の独特の制度である推定課税の問題、利益分割法を適用する際の分割要素の恣意的適用の問題について、納税者の予測可能性の確保と適正手続の保障(課税案・課税処分に対して反論する権利の確保)の観点から考察した。考察の結果は、論文のほか、今村隆=大野雅人『移転価格税制のメカニズム』(中央経済社、2023年)でとりまとめた。 なお、2023年度においては、上記の問題に関連する国内法の争訟手続に関する裁判例について、若干の考察を行った。
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