研究課題/領域番号 |
18K01267
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
高作 正博 関西大学, 法学部, 教授 (80295287)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 私的生活の尊重の権利 / 司法傍受 / 行政傍受 / 個人的自由 / 内心の自由 / 精神と情報の自由 |
研究実績の概要 |
2018年度に行った監視措置に関する立法の研究、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)についての憲法院判決の分析を踏まえ、それをさらに発展させた。 第1に、フランス法のさらなる研究である。「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)について、その根拠、内容、限界を明らかにするよう判例や文献を精査した。その限界に関する調査の中で、特に興味深かったのは、行政傍受を定めた「2015年7月24日法律」の分析、情報収集活動が盛り込まれた『国内安全法典』(2012)の研究である。「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)を確保するため、行政作用に対する監視機関として設置されてきた「情報処理および自由に関する全国委員会」(CNIL)、「全国治安傍受監督委員会」(CNCIS)、「国家情報技術監視委員会」(CNCTR)の活動について、調査研究を行った。司法権による統制とは異なり、行政機関による統制の実効性が明らかになってきた。 第2に、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)の概念について、従来の私生活を中心とする理解に対して修正を試みる研究である。民主制にとって必要なのは、個人が自由な意見表明や表現行為を保護されること、また、表明すべき意見を形成するに際しての内心の自由や私生活の自由をも保護されることである。内心の自由には、思想・良心の自由や信教の自由といった精神作用の自由が含まれ、私生活の自由には、思想傾向や主義・主張といった個人情報を国家機関から推知されることなく秘匿しうることの保障が含まれている。こうして、精神的自由権からプライバシーの権利に及ぶ精神と情報の自由が民主制との関わりで主題化されることとなる。行政が個人の内心を調査し、その回答を元にして公務員への採用を不可としたケースを題材に、この主題に取り組んだ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)について、当初の計画に従い、以下の点が明らかとなったためである。 第1に、フランスにおける「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)についての研究である。フランス法(憲法院判決、学説)における権利の理解、また、権利に対する制約の実態が明らかになった。フランス社会でも進んでいる電子化の流れの中で、個人の番号化、個人情報の集積化、個人イメージの流出の危険性等が問題視され、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)についても、権利内容の拡大や再構成を求める議論があった。また、ヨーロッパ人権裁判所の判例との相互作用により、フランス国内における法律の整備が進展を見た。日本法とは異なり、個人情報の「取得」の段階から詳細な立法化がなされている点は、日本法への重要な示唆を与えるものと思われる。 第2に、日本法におけるプライバシー権の再構成についての研究である。公立学校の再任用選考の際に受けた「意向確認」につき、「思想内容に及ぶ質問であるため、回答できない」とした原告が、その回答を理由に不採用となった事件を題材に、思想・良心の自由、内心の自由、プライバシーの権利から検討する必要性を指摘した。重視したのは、先例との区別である。意向確認の違憲性を審査する場合には、ピアノ強制拒否事件や起立斉唱拒否事件の判例の論理をそのまま用いて判断することのないようにしなければならない。本件では、意向確認の特徴、すなわち、第1に、「慣例上の儀礼的な所作」ではないこと、第2に、思想・良心の自由に対する「間接的制約」にとどまるものではないこと、第3に、思想に係る行為の告白を強制するだけでなく、特定の思想を持つことを強制・禁止したものと評価されるべきことを踏まえて、憲法適合性の判断が為されなければならないことを明確にした。 以上から、おおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに行った研究をさらに進め、論文としてまとめて公表していく。特に、次の3つの課題に取り組む予定である。第1に、フランスの憲法院の判決や学説を中心に、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)の概念を整理する。憲法上の根拠や限界、概念の再構成をめぐる議論を明確にするよう研究を進めていく。 第2に、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)についての法制度の分析である。特に、行政傍受を定めた「2015年7月24日法律」、情報収集活動が盛り込まれた『国内安全法典』(2012)の全体について、整理検討を行う。司法警察を超える行政警察作用については、フランス国内でもその危険性を指摘する議論は多い。特に民主制の観点から法律の危険性を指摘する議論を検討し、プライバシー権と民主制とのあるべき均衡点を検討したい。 第3に、従来は「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)には必ずしも含められてこなかった新しい要素を含むものとして、権利概念の再構成を行う。これにより、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)は、他者から秘匿しておきたい「私生活」だけでなく、表現行為を行う「公共圏」での市民的自由、その前提としての精神作用を国家や他者からの干渉を受けることなく展開する自由等も含むものとして捉えられることとなる。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度の外国出張の予定を次年度に繰り越したことが主な理由である。もともと、外国での調査をより実り多いものにするため、国内で閲覧可能な文献を調査し、その後で外国での調査を行うことが適切と考えていた。フランスの図書館でしか閲覧できない博士論文や、日本ではまだ入ってきていない書籍・報告書等、多くの未読の文献をリスト化して外国出張を予定していた。ところが、今回の新型コロナウイルスのパンデミックにより、渡航を断念した。2020年度中にフランスでの調査を行う予定である。
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