研究課題/領域番号 |
18K01267
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
高作 正博 関西大学, 法学部, 教授 (80295287)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 私的生活の尊重の権利 / 情報自己決定権 / 委縮効果 / 内心の自由 |
研究実績の概要 |
これまでのフランス法における「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)の概念、フランス憲法院の判例分析、個人に対する監視措置や情報収集活動の法規制、民主主義の維持にとっての「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)の必要性等の研究を踏まえ、それをさらに発展させた。 まず、ヨーロッパの他の国家についての調査研究である。ドイツにおいても、「情報自己決定権」の名の下で、国家による個人情報の収集活動の合憲性が議論されてきた。個人情報の取得収集の合憲性が問題となった国勢調査判決、展示作品の保護目的でのビデオ監視及びデータ保存の合憲性が問題となったレーゲンスブルク決定、公道上の車両ナンバーを認証するシステムの設置とナンバー・データの保存・利用の合憲性が問題となったNシステム判決が注目される。 これらの判決では、国家の監視措置を基本権に対する「介入」と捉え、法律による授権の必要性が指摘されている。監視措置に「委縮効果」が存する場合、すなわち、「国家によって監視される不安によって、基本権行使を断念する方がまだましだと考えるようになる場合」には、介入が存在するものとされている(ボード・ピエロート、ベルンハルト・シュリンク、永田秀樹・松本和彦・倉田原志訳『現代ドイツ基本権』(法律文化社、2001)256頁)。 また、フランス法、ドイツ法の研究を踏まえた、日本法におけるプライバシー権の再構成についての研究である。公立学校の再任用選考の際に受けた「意向確認」につき、「思想内容に及ぶ質問であるため、回答できない」とした原告が、その回答を理由に不採用となった事件を題材に、思想・良心の自由に加えて内心の自由、プライバシーの権利から検討する必要性を指摘した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)について、当初の計画に従い、以下の点が明らかとなったためである。 第1に、フランスにおける「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)についての研究である。まず、フランス法(憲法院判決、学説)における権利の理解、また、権利に対する制約の実態が明らかになった。フランス社会でも進んでいる電子化の流れの中で、個人の番号化、個人情報の集積化、個人イメージの流出の危険性等が問題視され、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)についても、権利内容の拡大や再構成を求める議論があった。また、ヨーロッパ人権裁判所の判例との相互作用により、フランス国内における法律の整備が進展を見た。日本法とは異なり、個人情報の「取得」の段階から詳細な立法化がなされている点は、日本法への重要な示唆を与えるものと思われる。 第2に、日本法におけるプライバシー権の再構成についての研究である。従来、異なる権利・自由として扱われる傾向の強かったプライバシー権、思想・良心の自由、表現の自由等を、民主主義との関係から類似の性質を持つ権利として扱う可能性を追究してきた。先述の「意向確認」の事案は、自らの歴史観や世界観等の表明を強制する公的行為の合憲性が問われた事件であり、内心の開示強制の問題性という点で、プライバシー権との連関が見られ、また、「委縮効果」の問題性という点で、表現の自由論やプライバシー権論との重なりを指摘することができる。 もっとも、新型コロナの感染拡大の影響により、当初予定していたフランスでの調査を延期せざるを得ない状態が続いている。日本で収集可能な情報を優先的に扱い、研究を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに行った研究をさらに進め、論文としてまとめて公表していく。特に、次の3つの課題に取り組む予定である。第1に、フランスの憲法院の判決や学説を中心に、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)の概念を整理する。憲法上の根拠や限界、概念の再構成をめぐる議論を明確にするよう研究を進めていく。 第2に、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)についての法制度の分析である。特に、行政傍受を定めた「2015年7月24日法律」、情報収集活動が盛り込まれた『国内安全法典』(2012)の全体について、整理検討を行う。司法警察を超える行政警察作用については、フランス国内でもその危険性を指摘する議論は多い。特に民主制の観点から法律の危険性を指摘する議論を検討し、プライバシー権と民主制とのあるべき均衡点を検討したい。 第3に、従来は「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)には必ずしも含められてこなかった新しい要素を含むものとして、権利概念の再構成を行う。これにより、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)は、他者から秘匿しておきたい「私生活」だけでなく、表現行為を行う「公共圏」での市民的自由、その前提としての精神作用を国家や他者からの干渉を受けることなく展開する自由等も含むものとして捉えられることとなる。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度の外国出張の予定を実行できなかったことが主な理由である。もともと、外国での調査をより実り多いものにするため、国内で閲覧可能な文献を調査し、その後で外国での調査を行うことが適切と考えていた。フランスの図書館でしか閲覧できない博士論文や、日本ではまだ入ってきていない書籍・報告書等、多くの未読の文献をリスト化して外国出張を予定していた。ところが、今回の新型コロナウイルスのパンデミックにより、渡航を断念した。2021年度中にもフランスでの調査を行うことができない場合には、国内やインターネット上での情報収集に変更する予定である。
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