令和3年度においては、国際裁判管轄の合意をめぐる問題につき、次の点について検討を進めた。 最判昭和50年の「公序法違反」要件を用いて、消費者契約事件などで、外国裁判所への専属的な国際裁判管轄の合意の効力を否定しようとしている一連の裁判例で、傾向が変化した理由は,おそらく、平成23年民訴法等改正のための議論が始まり,弱者保護のために紛争発生前の管轄合意の効力を制限する特則が具体的な形になってきた頃から,このような特則による弱者保護の結論を先取りして実現しようとしたものであり,そのための手段として公序法要件が用いられたのではないかと思われる。 しかし、今後は民訴法3条の7第5項、6項により、紛争発生前の管轄合意の効力はただちに否定されるので、これは過渡期の裁判例である。ただ、公序法要件はこのような裁判例を通じて、詳細な審査を行ったことで肥大化しており、今後もそのまま運用すると,管轄合意の効力に関する予見可能性を害するおそれがある。このように変容した公序法要件は,日本への専属的国際裁判管轄の合意に基づく訴えを,特別の事情の審査から除外して(民訴3条の9かっこ書き),管轄合意を尊重しようとする改正法の態度と整合的であろうか。また,消費者・労働者ではないが,当事者間に力関係の不均衡が存在する場合に,公序法要件を用いて管轄合意の効力を制限することは今後も考えられるが,それは政策的に妥当であろうか(東京高判令和2・7・22は,被告がその優越的地位を不当に利用して,自己に極めて有利な内容・条件を設定したもので米国への管轄合意は無効であるとの原告の主張を退けた)。最判昭和50年にある意味立ち返って,内国の絶対的強行法規が問題となる場合の外国裁判所への専属的管轄合意の有効性に絞って議論を深めるべきであろう。
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