本課題では次のような2つの論点を通じて研究を遂行してきた。 第1は、安全保障論の批判的考察である。日本の国際貢献の一つとして1992年以後のPKO協力があげられる。日本の国際法学では、集団安全保障による平和を「力による平和」ととらえて批判的に考察し、それへの代替物として「戦わない軍隊」であるPKOの意義を平和維持のあり方として高く評価する潮流がみられた。本課題では、「戦わない軍隊」であったPKOが武力行使する部隊へと変質する事例がみられる今日的変質を論じ、さらに日本のPKO協力が2015年の改正によって多国籍軍としての活動に変質したことを論じた。こうした状況に対して改めて、非戦の重要性を市民向けエッセイでも著した。 第2は、自決権論の批判的考察である。日本の国際法学では、国際法上の自決権が植民地の解放(外的自決)のみならず国内の人権保障制度を枠づけるもの(内的自決)として確立してきたと評価し、歴史的には「外的自決から内的自決へ」と重点が置かれるべきとの主張が強まった。ここには、冷戦終結後の旧ユーゴで見られた「民族浄化」やルワンダ、スーダンのジェノサイド状況に対する批判的考察があった。こうした批判的考察をより大きな枠組みで捉えなおそうという視点から、筆者は19世紀末から20世紀前半の国際法の構造を「帝国の国際法から国民国家の国際法へ」の移行ととらえ、その中で、国民国家の形成が自決権の主張と並行して行われただけでなく、住民交換(広い意味では住民移動)が国家間合意によって実施されたことに注目して、その実態と法的正当化づけをフォローして、国民国家=民族国家の純化がジェノサイドを生み出すことになったこと、この実行が冷戦終結後の現在にも引き継がれていることを確認した。
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