2020年度は、コロナウィルス感染症のため予定していた出張が実施できなかったものの、前年度までの出張の成果を活かして文献を中心にした研究により研究の進捗を図ることができた。 具体的には、まず、欧州人権裁判所の最新の判例を素材として、現代的特徴のある武力紛争の状況において国際人道法が国際人権法の適用とどのような関係にあるかを掘り下げて研究した。まず、同裁判所によるバンコビッチ事件決定、アル・スケイニ事件判決のようなリーディングケースの意義を武力紛争の性質および軍隊による作戦形態の特徴の観点から再検討し、これらの前例に言うところの欧州人権条約締約国の「管轄」という概念が国際人道法が想定する武力紛争や占領状態の概念とどの点で重複し、どの点にギャップがあるのかについて、さらに両者にギャップがあるとすれば、なぜ生じるのかについて整理した。 また年度後半には、これらの先例研究に基づいて、2021年1月のジョージア対ロシアII事件本案判決および同年2月のハナン対ドイツ事件判決を検討した。これら判例を通じて、欧州人権条約締約国が行う域外軍事行動において、つまり前者のようないわゆる「ハイブリッド」な性質のある紛争および後者のような安保理決議に基づく平和活動において人権条約と国際人道法の適用関係が相互補完的に理解されつつあること、しかし「アクティブな敵対行為のフェーズ」という新たな概念により国際人道法が専ら規律する紛争状況が認識されるようになったこと、ただしそれでも被害者の身体的拘束の場合や武力紛争中の敵対行為による生命剥奪に関する人権条約上の「実効的捜査の義務」の側面において国際人権法が優越的に機能して現代的武力紛争における実効的保護が補完されていることを明確にした。これは外国軍隊による「支配」が新たな武力紛争の特徴を顕在化させる今日の状況に対する法的対応の重要な進展と言えよう。
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