研究課題/領域番号 |
18K01299
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
山下 昇 九州大学, 法学研究院, 教授 (60352118)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 労働時間規制 / 賃金 / 休業 / クラウドワーカー / 個別労働紛争解決手続 |
研究実績の概要 |
2019年度は、2018年度に引き続き、中国におけるクラウドソーシングの実情について情報収集を行い、具体的な研究課題、すなわち、①労働時間と②報酬支払に対する当事者間のルールがどのようになっているのか、そして、それに対する規制はどうなっているのかを検討することを計画していた。しかし、「現在までの進捗状況」でも触れるように、2019年度は、中国の実態の把握に当たって、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、例年実施している中国の研究者との研究交流や聞き取り調査ができなかった。そのため、それに代わって、中国経済に詳しい名古屋大学経済学部の中屋信彦氏に中国経済の観点からクラウドワーカーに関する知見を得るなどしたが、やはり中国研究の点では、十分に計画を進めることができなかった。 そこで、本件研究に関わる日本法の研究に軸足を置きつつ、日本の働き方改革の動きをみながら、労働時間、賃金、紛争解決の面について研究を遂行した。例えば、経営上の理由による休業期間の賃金請求権に関して「業務停止処分に伴う自宅待機命令と賃金請求権」法学セミナー780号117頁では、弁護士という、従属性の低い労働者(非労働者にも近い)の報酬請求権について検討した。また、時間外労働手当の請求等に関して、「割増賃金相当額を歩合給から控除する賃金の定め方の有効性」法学セミナー777号127頁や「運行時間外手当の時間帯労働等に対する対価該当性」社会保険労務士ふくおか152号24頁では、タクシーやトラック運転手の歩合給の計算方法をめぐる判例の検討を行った。運転手の賃金は、歩合給が多く、クラウドワーカーの報酬体系とも近い部分がある。さらに、働き方改革の中で、個別労働紛争解決手続が大きく変容していることを検討したものとして「個別労働紛争解決手続としての調停」社会保険労務士ふくおか155号26頁がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2019年度までは、実態の把握を中心に研究を進める予定であった。また、①労働時間と②報酬支払に対する当事者間のルールがどのようになっているのかを検討課題としていた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、中国の研究者との交流を十分に図ることができず、また、中国の経済・社会活動も一時的に停滞したため、クラウドワーカーの現状やこれらをめぐる法的紛争などを含めた情報収集を十分に行うことができなかった。中国のクラウドワーカーに関する研究という点では、特殊な事情が発生したため、やや遅れる状況になったことは否めない。 しかし、一方で、各国で採られた外出規制などの政策の結果、中国だけでなく、日本においても、宅配サービスなどの事業を拡大させる効果も見られ、今後は、こうした産業に従事するクラウドワーカーの存在感が増すことが考えられ、今後の研究においては、こうした動向に注目していきたい。 また、中国の最新動向の把握は十分にできなかったが、それを補うため、2019年度は、日本の動向について研究を深めた。特に日本では、働き方改革が推進され、雇用労働者に対する労働法の規制が大きく変わり、これは今後、非労働契約のクラウドワーカーの働き方にも影響を及ぼすと考えられる。また、特に高年齢者の就労機会の確保のため、企業を定年退職または継続雇用終了の後で、65歳以上の就労機会の確保が大きな課題となっており、そこでは、雇用労働に限らず、多様な就労機会の提供を企業に義務付ける方向で法改正が行われている。今後は、こうした動向も踏まえながら、クラウドワーカーの法規制に対する日中比較を進めていきたい。
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今後の研究の推進方策 |
中国のクラウドワーカーの実態の解明には、現在の新型コロナウイルスの感染拡大の状況を見極めながら、進めていきたいと考える。一方で、新型コロナウイルスの問題は、研究の新しい領域を示している。「現在までの進捗状況」でも述べたように、宅配サービスなどの産業でクラウドワーカーの重要性はより強く意識されるようになり、今後も発展していくものと考えられる。そうすると、当然にその法規制の在り方が活発に議論されることになろう。 また、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、クラウドワーカーなどの自営業者について、経済活動の停止に伴う国家的な「補償」の問題が強く認識されるようになった。労働者であれば、休業の場合の休業手当、解雇等による失業の場合の失業手当といった生活保障の枠組みが用意されているが、働き方自体はそれほど変わらず、契約形態の違いにより、そうした補償を受けられないことについて、日本でも大きく議論されているところである。本研究では、賃金(報酬)や解雇(解約)もその対象としているが、こうした非常事態における法的対応までは十分に意識してこなかったものであり、非常事態におけるクラウドワーカーの補償の問題は、法制度として十分には議論・整備されてこなかったものである。こうした新しい問題について、日本と中国における対応は、クラウドワーカーをめぐる法規制の研究においても大いに参考になると考えられる。 2020年度は、実態把握に努めるとともに、上記の新しい課題にも目を向けつつ、当初予定していた③解約に関するルールと裁判例を検討し、さらに、ワーカーと管理者、ワーカーとクライアントの間で実際に紛争が生じた場合に、④どのような紛争解決手続の利用が可能なのかについて研究を進めていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初2020年2月ないし3月に計画していた中国の研究者との交流等のための海外旅費の執行について、新型コロナウイルスの感染拡大を考慮して、出張を中止せざるを得なかった。2020年度以降、中国への渡航が可能になった場合、中国の研究者への聞き取り調査や資料収集を行うために次年度使用額について執行する予定である。
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