研究課題/領域番号 |
18K01307
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
上田 信太郎 北海道大学, 大学院法学研究科, 教授 (50243746)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 被疑者取調べ / 供述調書 / 取調べ録音録画 / 記録媒体 / 実質証拠化 / 公判中心主義 |
研究実績の概要 |
本研究は、日本の刑事裁判において平成28年に法制化され、令和元年6月から施行されている被疑者取調べ録音録画制度の運用状況と、録音録画記録媒体の刑事証拠法上の位置づけを探求するものである。具体的な問題意識として、第1に、取調べ記録媒体(DVD等)の実質証拠化の是非、第2に、公判中心主義をはじめとする刑事訴訟法の基本原則と記録媒体の実質証拠化との関係の2つを据えている。 研究期間2年目に当たる令和元年度は、被疑者取調べ録音録画記録媒体の利用法につき、いくつかの日本の刑事判例を素材として分析し、また、記録媒体の実質証拠化に関する議論状況を合わせて検討した。その検討結果として得られた知見は、論文としてまとめ、古稀記念論文集に寄稿した(原稿提出済。本年度中に現代人文社から公刊予定)。論文提出後も引き続き日本法及びドイツ法における取調べ録音録画に関する文献を収集し、これに関する議論内容の理解に努めているところである。 また、令和元年9月にはケルン大学で文献の収集にあたり、また同大学の刑事法研究者と面会し、録音録画に関するドイツの議論状況について情報を収集した。ドイツ調査の結果を踏まえて、刑事裁判の基本原則(公判中心主義、直接主義)と録音録画との関連について検討を行っているところである。ドイツでは、令和2年1月から被疑者取調べが本格的に開始されることもあり、このテーマを扱う文献も公刊され始めているので、引き続きこれらの翻訳作業を実施中である。 令和2年度は、日本とドイツの議論状況を踏まえつつ、さらに私見をまとめ公表することとしたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和元年度は、日本の被疑者取調べ記録媒体の実質証拠化に関する判例と学説の分析と検討を行い、さらにドイツ調査を実施して、当該地での議論状況の把握に努めた。具体的には、録音録画記録媒体が刑事裁判で用いられた日本の諸判例を分析し、判例の動向を知り、また、立法化の議論を調べた。さらに、ドイツ調査で収集した文献の翻訳作業を実施した。これらは、いずれも順調な進捗状況にあり、現在、収集した資料や文献を整理、翻訳し、また情報交換の結果を取りまとめているところである。特に、日本の判例、議論状況の分析結果は、「被疑者取調べ記録媒体の実質証拠化について」との題目で論文を作成して刑訴法研究者の古稀記念論文集に寄稿し、現在、公刊待ちの状況にある。 またドイツ調査の結果、ドイツでも被疑者取調べの録音録画が実施されるようになったこと、その目的は被疑者の権利保障にあること、但し、対象範囲が限定的でこれに対して強い批判があることなどが把握できた。これらの点は、日本と同様に任意性の確認のために録音録画制度が導入されたことが見て取れる。調査では、ドイツの刑事裁判においても、被疑者の主張より、捜査機関(警察官、検察官)の法廷証言の方が重視される傾向があるという知見を得た。録音録画制度導入の意味を探る上で重要なポイントだと思われた。 他方で、記録媒体の実質証拠化については、ドイツにおいてどのような議論がなされているか、現在では未解明である。日本と比べてそれほど強い反対論はないように思われるが、この点について解明する必要があると認識しているので、引き続き、日本とドイツの被疑者録音録画制度の異同を明らかにしつつ、刑事裁判の諸原則を踏まえながら分析を深めていくことにしたい。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究遂行にあたり、特に令和2年度前半は、令和2年1月1日から施行されたドイツにおける被疑者取調べの録音録画制度の実情とこれに関するドイツ国内の評価を知ることに重点を置く。具体的な研究方法として、ドイツの録音録画制度についての研究論文や、録音録画実施の根拠条文であるドイツ刑訴法136条a第4項の解釈論に関する文献がドイツ国内で出版され始めているので、これらの翻訳作業を重点的に行い、まず録音録画に関するドイツでの実情と議論を理解することにしたい。 さらに同年度後半では、前半期間の翻訳作業等の結果を踏まえた上で、再度、ドイツ調査を行い、録音録画制度導入後、約半年経過した後の実態と、公判手続における録音録画記録の利用の実情及びその法的根拠、ドイツ国内での評価について知見を深める。合わせて、公判手続における刑事訴訟法上の原理・原則(直接主義)に関する議論についても分析を行う。特に、ドイツの刑事裁判において、警察官作成による被疑者の供述調書(電子記録媒体)がどのような形で顕出され、どのような場合に朗読(視聴)されているのか、その取り調べ方法や、これに対する評価を明らかにしたい。 被疑者取調べの録音録画の実施と、そこで収集された取調べの状況を示す記録(電子媒体)の証拠法上の位置づけに関するドイツの実情を踏まえ、日本の議論に反映させたい。日本では既に、捜査機関(検察)が被疑者を取調べる際、これを録音録画し、記録に残しているが、その際の記録(DVD)を任意性の確認のためだけでなく、犯罪事実の有無の証拠(実質証拠)として利用しようという主張が有力に提出されている。反面、これに反対する見解も弁護士会などを中心に根強く存在する。そこで、本年度は、ドイツにおける議論を参照しつつ、日本のあるべき制度運用を提示し、その分析の成果を研究会報告あるいは大学紀要等で公表することにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた主要因は、令和元年度に2回実施しようと考えていたドイツ調査を1回に絞ったことである。その理由は、第1に、ドイツ調査を効果的に実施するために、ドイツの被疑者取調べに関する議論や、供述証拠の証拠法上の位置づけに関する議論を十分に知悉する必要があったこと、第2に、ドイツで面接調査しようと予定していた研究者1名との日程がうまく合わなかったこと、第3に、ドイツでの被疑者取調べ録音録画が令和2年の1月から開始されることにより、当該年度に調査した方がより充実した成果が得られると判断したことによる。特に海外調査は、日程を十分にとることが難しく、また経費も多額となるため、効率的に実施する必要がある。そこで、録音録画が一定期間、実施された令和2年後半に行うことがベターであると判断した。こうした経費節約の結果、令和元年度は、基礎的文献の収集や研究遂行のための各種機器の購入が中心となり予定使用額に残額が生じた。
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