研究課題/領域番号 |
18K01324
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
飯島 暢 関西大学, 法学部, 教授 (90380138)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 刑罰 / 時効 / 恩赦 |
研究実績の概要 |
本研究は時効(刑の時効及び公訴時効)制度と恩赦制度全般を刑罰論の観点から統一的に説明する理論的枠組みの構築を目指すものである。その際の前提となるのは、法秩序の規範妥当及び個別の被害者の権利の回復(普遍的な自由の回復)を国家刑罰の目的・役割として設定する刑罰論の立場である。 本年度においては、本研究の前提とした刑罰論の根底にある諸観点の再考にまず専念した。より具体的には、刑法において各人格の自由を保障する際に生じる理想と現実の間隙を意識した上でその調和を図ることに傾注した。同問題については、特に英米圏の法(政治)哲学に依拠した研究書が日本では公刊されているため、同書に対する批判的検討を通じて自己の独自の立場を明確化するために、ドイツ語圏法哲学の議論を参考にした上で書評論文を執筆した。これにより、時効制度・恩赦制度の理論的枠組みを構築する際にも理想と現実の調和という視点が重要となる旨を確認することができた。 更に本年度は、昨年度において明らかにした知見、つまり政令恩赦(一般恩赦)と個別恩赦を正当化する際には各々につき異なるアプローチが必要になるとの立場を念頭に置き、ドイツにおける恩赦制度の現状の把握に努めた。ドイツにおいては、基本法60条2項により連邦大統領に日本でいう個別恩赦の権限が認められており、各州憲法により州首相にも同様の権限が付与されている。しかし、恩赦申請の却下に対しては異議申立をすることもできず、裁判所の審査の対象外であることから、同権限についてはその正当化を巡り公法及び刑事法において激しい論争がなされており、批判的な見解が大勢を占めている。これに対し、日本でいう一般恩赦(大赦)は、ドイツでは連邦議会の管轄であるとされており、さほど批判はなされていない。本年度では、このような制度的な差異化は日本の恩赦制度の正当化を試みる際にも参考になるものであることが確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、法秩序の規範妥当及び個別の被害者の権利の回復(普遍的な自由の回復)を国家刑罰の目的・役割とする立場を前提にして、特に恩赦制度を正当化するための理論的枠組みの構築を目指すための準備作業を進める形で研究活動を行った。 具体的には、上記の内容の刑罰論がドイツにおける応報刑論のルネサンスと呼ばれる学問的潮流の影響を受けたものであることから、連動性を意識して、ドイツにおける恩赦制度の実情とその正当化に関する諸議論の把握に努め、ドイツにおいて公刊されている公法及び刑事法の観点からの関連文献の読解に傾注した。ドイツでは、基本法60条2項により連邦大統領に日本でいう個別恩赦の権限が認められており、これと併存して各州憲法により州首相にも同様の権限が付与されているが、いわゆる一般恩赦(大赦)は連邦議会の管轄下に置かれている。この点から、一般恩赦の方は、三権分立の観点から問題点もより少ないとしてあまり議論の対象にはなっていないのに対し、特に連邦大統領に帰属する恩赦権限については、その執行手続は法定化されないまま大統領令に基づいて運用されていること、恩赦申請の却下に対しては異議申立をすることもできず、裁判所の事後審査の対象外であることから、君主大権の残滓、憲法秩序の異質物、法外の性質を有するものとして激しい批判の対象となっており、特に刑事上の大統領恩赦については最近では殆どなされていない現状があることを本年度では確認することができた。 以上のようなドイツの恩赦制度の現状について言えば、三権分立の観点から大赦が国会にあたる連邦議会によって司られている点などは、一般恩赦と個別恩赦を区別した上で個別の正当化アプローチをとるべきであるとする私見からすれば、参考にすべき有意義な知見であり、今後の研究の方向性に対する指針となるものであった。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策は以下の通りである。 まず、ドイツにおける恩赦制度の歴史的経緯を調査研究し、現在の制度のあり様を規定している歴史的な背景を明らかにすることを行うと同時に、ドイツにおける恩赦実務の現状のより詳細な把握に努める所存である。具体的には、①連邦議会における恩赦実務、②各州憲法に基づく首相恩赦権限の実情、③州間における憲法条文及び恩赦実務の差異の3点を取り扱いたい。特に恩赦の歴史的発展については、実は恩赦のエッセンスが他の法的な諸制度(例えば、保護観察付き執行猶予)に次第に抜き取られていく過程に他ならないとの見解がドイツで有力に主張されているが、最終的には他の制度の形で法化されていくべきなのか、或いは他の法制度には汲みつくせない核となる部分が今後も残存していくべきなのかを歴史研究を通じて私なりに見極めたいと考えている。 次にドイツにおける恩赦制度の研究から明らかになった知見の中から、特に日本の恩赦制度の批判的検証に寄与できる諸観点を慎重に抽出し、それを応用する形(場合によっては一定の修正を伴った上)で日本の恩赦制度のあり方を批判的に論じ、刑罰論から見て正当化し得る恩赦制度の(現実化可能な)理念モデルの提示を試みたい。 最後に、時効制度の理念モデルと恩赦制度の理念モデルを統合し、刑事法の文脈における両制度の正当化のための理論枠組みを(哲学的な時間論をも視野に入れた)統一的な観点から構築することを試み、論文の形にまとめることを企図している。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、購入を予定していたドイツ語文献の公刊が遅れたからである。当該助成金については、時効或いは恩赦に関連するドイツ語文献の購入に使う予定である。
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備考 |
2019年4月27日刑事法学の動き研究会(於同志社大学)において報告 2020年1月25日刑事法学の動き研究会(於同志社大学)において報告
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