研究課題/領域番号 |
18K01328
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
根本 尚徳 北海道大学, 法学研究科, 教授 (30386528)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 差止請求権 |
研究実績の概要 |
第1に,昨年度と同様に,本研究課題に関連する邦語・独語・英語の文献資料(学術論文および判例)を幅広く収集し,それらの整理と解析とを精力的に進めた。2019年には,本研究課題の達成にとって決定的に重要な影響を及ぼすであろう文献(E.Picker "Privatrechtssystem und Negatorischer Rechtsschutz". 全部で1000頁を超える大著であり,本研究課題に直接に関わる箇所だけでも500頁以上の分量である)を入手することができた。 第2に,本年度の前半までの検討作業の成果として,侵害の発生に間接的に関与している者(間接侵害者)に対する差止請求権の発生要件に関する基本的・一般的枠組み(侵害の違法性の判断基準)について,私見の基礎を固めることができた。その概要は,論文の形で,近日中にこれを公表する予定である。 第3に,様々な人格的利益のうち,自然人の人格的評価に関する法益である名誉とは区別されるべき,私人の営業に関する法益である信用について,その特質に適合的な侵害の違法性判断基準を確定することができた(その内容は,判例評釈として,まもなく公表される)。 第4に,間接侵害者に対する差止請求権の効果の具体的内容に関する分析を開始した。この点については,近時,ドイツ連邦通常裁判所が,複数の判例において,興味深い見解を提示している。また,これに刺激を受けて,学説も判例の立場に賛成するもの・反対するもの,それぞれから様々な立論を展開している。これらの文献資料をできる限り網羅的に収集しつつ(彼の地の議論は,今なお動いているので,その行方を慎重に見守りつつ),今まさにそれらの分析と日本法への示唆の獲得とに取り組んでいる(この点に関する論文を構想している)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題のうち,まず,侵害の発生に間接的に関与している者(間接侵害者)に対する差止請求権の発生要件に関する基本的・一般的枠組み(侵害の違法性の判断基準)の解明については,本年度までの2年間における検討作業に基づき,既にその達成の見通しを立てることができた。この点に関する現段階での私見については,2019年9月にドイツ連邦共和国において実施した複数のドイツ人研究者との意見交換などによって,その方向性に大きな誤りはない,との感触を得た。 また,種々の人格的利益ごとの個別的・具体的な違法性判断基準に関する分析も,着実に前進している。とりわけ,前述したとおり,自然人の人格的評価に関する法益である名誉とは区別されるべき,私人(法人を含む)の営業に関する法益である信用については,我が国の裁判例および学説による議論ならびにドイツの裁判例・学説による議論の分析を通じて,その特質(ある商品の提供者の信用は,この商品の市場における批判的評価に委ねられるべきものであること)に適合する侵害の違法性判断基準を確定することができた。それ以外の法益,とくに名誉・プライバシーの侵害に関しても,同じく主として日独における従前の議論を整理しながら,各法益の特徴とそれに即した差止請求権の具体的・個別的発生要件(侵害の違法性判断基準)の分析を進めている。この作業をさらに前進させることが,次年度における具体的な課題の第1である。 さらに,特に,本年度の後半から,間接侵害者に対する差止請求権の効果に関する検討に着手した。具体的には,この点の検討に格好の素材を提供するドイツ連邦通常裁判所の複数の判決およびこれをめぐる学説の議論について,その整理とその意義の把握(日本法への示唆の獲得)とに向けた作業を開始した。この作業の完遂が,次年度における具体的な課題の第2である。
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今後の研究の推進方策 |
第1に,間接侵害者に対する差止請求権の一般的な発生要件に関する基本的・一般的枠組み(侵害の違法性判断基準)の検討については,この点に関する私見の詳細を明らかにする論文の執筆作業を加速させるとともに,複数の研究会においてそれを紹介し,参加者からの批判を広く仰ぐことによって,その内容の精錬に努める。また,上記枠組みの妥当性を検証する作業の1つとして,本研究課題が直接の念頭に置く問題群(インターネット上における人格的利益に対する侵害)と密接に関連する問題群(インターネット上における各種の知的財産権に対する侵害)にも当該枠組みを適用することをも試みる(このような作業を通じて,インターネット上の人格的利益に対する侵害という問題群の特徴も,再度,検証されうる)。 第2に,各種の人格的利益のうち,特に重要なものである私人の名誉とプライバシーとのそれぞれについて,各々がインターネット上で違法に侵害されている場合における間接侵害者に対する差止請求権の個別的・具体的発生要件(侵害の違法性判断基準)の解明に全力をあげる。その際には,各法益の内容上の特徴・差異とともに,間接侵害者の関与の仕方や程度の違い・紛争形態の多様性にも十分に配慮して,明晰な要件の提示を期す。 第3に,間接侵害者に対する差止請求権の効果に関する分析を本格化させる。具体的には,この点に関するドイツの判例および学説の議論を,最新のものまで含めてできる限り網羅的に収集した上で,それらを解析し,日本法への示唆を導き出す。 第4に,来年度は,本研究計画に与えられた研究期間の最後であるため,その終了時期までに本研究課題に関する総括的な論文を脱稿すべく,その執筆に着手する。 第5に,2021年2月または3月に,短期間,ドイツ連邦共和国の複数の研究機関においてドイツ人研究者と意見交換を行い,本研究課題の達成に万全を期す。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の研究計画では,2020年3月に,2週間ほどの予定で,ドイツ連邦共和国の複数の研究機関を訪問し,そこで最新のドイツ語・英語文献の調査・収集および複数のドイツ人研究者との意見交換やドイツ人研究者からの聞取りを実施する予定であり,そのための予算(旅費・滞在費および文献資料収集費)を残していた。 しかし,同年2月末ころから漸次,日本およびヨーロッパにおいて顕著になった新型コロナウイルスの感染拡大のために,同年3月に渡独することはおおよそ不可能となった。すなわち,以上の研究活動をすべて断念せざるを得ない状況に追い込まれたため,上記予算をそのまま次年度に持ち越すこととなった。
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