令和2年度は、まず、最高裁令和元年9月19日判決(民集73巻4号438頁)の評釈を執筆した。前年度に検討した民事執行法改正に引き続き、時効障害事由に対する義務者の了知を軽視するものであるが、その問題点、及び、民法及び民事執行法改正によりその先例的価値はほとんど失われたことを指摘した。 そもそも『一問一答民法(債権関係)改正』において、改正債権法の条文の中に、立法者の規律意図を正確に表現できていないにもかかわらず、その条文の解釈が、立法者意思を軽視し、制定法の語義や意義連関を重視する傾向が見られ、それが時効障害制度の理解を困難にしているように思われる。そこで、かかる傾向について、法解釈方法論の立場から批判的な検討を加えた。 次に、時効障害の効力の人的範囲の拡張根拠に関する論文を執筆した。わが国の判例・通説は、通例、効力の人的拡張を認める根拠として、法律の規定のほか、事物・事柄の性質、公平の観点等を挙げるにとどまっている。他方で、時効援用権者に対し時効中断効が及ばないとすると債権者はその者に対し時効中断の方法を持たないにもかかわらず時効の援用を受けるという不合理な結果が生ずるという帰結主義的な根拠と、「ある権利が時効消滅するとそれに従って消滅する権利という関係」(付従性)を挙げる見解(森田宏樹)がある。しかし、スイス法に倣い、代理権・授権により時効障害の効力の人的範囲の拡張を正当化する構成は、わが国においても受容可能であり、説得的であることを主張した。 最後に、『新注釈民法』の時効障害の項目の初校の際に、上記判例の検討の結果などを踏まえ、大幅な加筆修正を行った。
|