研究課題/領域番号 |
18K01348
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
松村 和徳 早稲田大学, 法学学術院(法務研究科・法務教育研究センター), 教授 (20229529)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 裁判官の積極性 / 失権 / 手続集中 / 真実義務 |
研究実績の概要 |
本研究は「真実に合致した裁判と迅速な裁判の実現」という観点から、この裁判官の積極性と当事者行為の規律の関係を明らかにすることを目的とする。これまでの研究から、「適正・迅速かつ公正な裁判」の実現は「手続集中」に委ねられ、その根源は一八九五年のオーストリア民訴法に遡ることができ、「弁論集中」という形で現行民訴法に受け継がれていること明らかにした。しかし、施行20年を迎えたわが国の現行民訴法の下での実務は、統計データ等から、現行法改正時の状況に戻った状態となっている。その要因として、我が国で重視された「弁論集中」とオーストリア民訴法の「手続集中」とは異なる点があること、そしてその理解の齟齬がわが国における「適正・迅速かつ公正な裁判」実現の障害となっていること、また、手続集中方策の重点は上訴まで含めた審理システムの構築と訴訟主体の行為規律との組み合わせにあり、とりわけ、裁判官の積極性が手続集中の鍵となることを明らかにした。そして、ドイツ法研究では、近時の改正で裁判官の権限は強化され、弁論主義の意義は後退した。その中心は、裁判官の発問・指摘義務、当事者への出席命令、職権による文書提出命令であること、この関連で当事者の真実義務を考慮する必要があることがわかった。他方では、この裁判官の権限強化に対して、当事者の保護という観点から、審問請求権等の手続基本権の意義が増大されている。また、スイス法でも裁判官の発問義務が強化され、真実義務との関係では、当事者の証拠調べ協力義務との関係が重要であること、とくに特徴的なのは発問義務に基づき陳述された新たな事実や証拠方法は、Aktenschluss(新たな証事実及び証拠方法の提出の終了)まで提出できるとして、同時提出主義を採っている点であり、当事者行為の失権強化の特徴となっている。そして、これらの関係性の考察が今後の課題となっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成30年度の研究は、民事訴訟法制において真実義務導入や当事者行為の失権強化の先達となったオーストリア民訴法、母法国ドイツ民訴法及び最新のスイス民訴法を中心に、この当事者規律をめぐる評価等に関する情報収集と整理を中心的に実施していくことを内容とした。平成30年度の研究の中心はスイス法である。まず真実義務については、①スイス法では民訴法において規定を置いていないが、信義誠実義務に関する規定(スイス民訴52条)から、当事者の真実義務と完全陳述義務が導かれている点、また、②スイス民訴法160条で当事者と第三者に証拠調べ協力義務が課せられ、刑事罰のサンクションもあり、尋問に際して真実に即した供述義務が課されている点、そして、③信義誠実義務から、当事者の証拠調べ義務への不当な拒絶は証拠評価で考慮されることになっている(スイス民訴164条)。さらに、④証明責任を負った当事者が立証困難で、相手方が証拠に簡単に至りうる場合には、証明責任を負っていない相手方当事者に証拠調べに際しての真実発見への協力義務が課されている点が特色である。主張段階より立証段階での真実義務にウェイトが置かれている法制といえよう。他方、これらのスイス民訴法制では、裁判官の発問義務(スイス民訴56条)、職権による職権証拠調べ(スイス民訴181条1行、183条1項、192条)などにより、裁判官の権限が拡張し、そして、注目すべきは、発問義務に基づき陳述された新たな事実や証拠方法は、Aktenschluss(新たな証事実及び証拠方法の提出の終了)までにのみ提出できるとして、同時提出主義を採っている点である。このAktenschluss手続が他国にない特徴となっており、当事者行為の失権強化の特徴となっている。これらの制度と他の国、とくにドイツ法とオーストリア法との比較検討をし、規律のあり方を考察していくことが課題である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究は、前年度の歴史的・比較法的研究の整理、分析に基づき、わが国民事訴訟法における当事者行為規律の変遷、とくにその実務改革、改正の歴史的変遷を明らかにすることを目的とする。前年度における真実義務及び手続による失権という当事者行為規律の研究対象項目に関する沿革的な議論と現在の状況に関する比較法的検討結果の整理、分析研究をまず実施する。とくに、スイス法が採用した同時提出主義たるAktenschlussについての研究を継続していく。今年度は、大陸法との対比を意図して、積極的裁判官像が構築されている近時のイギリス、アメリカ法等の英米法圏の法制に関して、とくに英米法諸国の民事訴訟法制における当事者規律に関する研究も上記と同様に行う予定である。また、環境が整えば、諸外国における民事訴訟実務などを視察し、実務と理論の知見を得て、前年度行った検討結果の検証と分析を行う予定である。 その整理・分析に基づきわが国民事訴訟法の実務改革、改正の変遷に関して、理論的検討と検証を実施する。その際、裁判官の積極性と手続による失権とがどのような関係に立っているのか、さらにこの点につき、真実義務がどのようにかかわってくるのか、そして、「真実に合致した裁判と迅速な裁判の実現」のためには、これらの関係をいかに規律すべきかを実務的観点から検討・検証していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成30年度は、予算額との関係で当初、諸外国における民事訴訟実務などの視察を予定していた。しかし、訪問先とスケジュールを合わせることができなかったため、視察を中止した。そこで、平成31年度(令和元年度)に諸外国における民事訴訟実務などの視察し、実務と理論の知見を得て、前年度行った検討結果の検証と分析を行う予定である。その結果、次年度使用額欄が「0」より大きくなった。
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