本課題では、新株発行における有利発行規制の存在意義について検討した。有利発行規制は発行価格のみをパラメーターとする規律であり、株主間の利益移転に対する規律とされているにもかかわらず、利益移転の量とは必ずしも関係のないものとなっている。また、そもそも発行価格は経営判断の要素も強く、低い発行価格の場合に株主総会決議を経させる合理性も疑われている。 もっとも、現状では一定の機能を果たしているともいえる。まず、(1)従来、敵対的買収の防衛等のための新株・新株予約権の発行を抑止するものとして機能してきた。久保田安彦(2020)は、より一般的に利益相反に対する規律の一環として把握している。本研究の結果からも、発行数を無視することから過剰規制となっている点は現実には重要ではなく、現実に問題となる場面を踏まえるとこの見方は支持できる。 次に、(2)特に有利発行かどうかが疑われる場面において、慎重な発行価格の決定プロセスを経させるという機能がある。すなわち、会社法は権限分配と一定の開示以外に発行価格等の条件を決めるプロセスを奉呈していないが、会計・ファイナンスの点で合理性のある算定等のプロセスを経させるためのバックボーンとして有利発行規制が存在すると位置づけられることを明らかにした。これは取締役の義務を通じても規律できるが、それが十分でなければ有利発行規制は一応正当化しうる。 (2)との関係では、実際にどのような算定等のプロセスがとられたのかという開示が重要になる。しかし、会社法はこの点についてほぼ規制がない。有価証券報告書提出会社については金商法が規律を置くが、会社法の観点から十分かという問題があることに加え、同法の適用対象とならない会社においても同様に発行プロセスは重要な情報となる。そのため、開示規制については一定の充実を図る必要性がある。
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