まず年度当初に、インターネットによる政治的言論空間の変貌についての社会学的知見をふまえた論稿を公表した。ネット社会においては、私的な場と公の場で言っていいことに区別があるという意識が薄れ、「半公共圏」とも呼ぶべき議論空間が出現する。政治は分極化した「半公共圏」どうしの争いという性格を強め、公共圏の統合機能、政治合理化機能が低下する。ところが一方で、「門番」は本当にいなくなったのでなく、実は巨大プラットフォームが秘密のアルゴリズムなどを使って議論に介入している。プラットフォームには、「情報受託者」としての誠実な情報管理が求められる。国家とプラットフォームの癒着を警戒しつつも、一定の法的規制が求められることになる。 その後9月に、ようやくドイツの連邦司法庁を訪問し、Netzwerkdurchsetzungsgesetz(NetzDG)の執行状況についての質問調査を実施することができた。2021年の法改正の意義についても詳しく聞くことができた。そして、この成果もふまえ、ドイツのNetzDGについての考察を行いつつ、ネット上の表現活動についての望ましい法的規律についての研究をまとめる論文を2023年3月に公表した。NetzDGは、SNSに一定の違法表現の削除義務を課すが、しかしその主眼はむしろ、SNSに対して適切な審査体制の構築を求め、さらに審査の実態を半年ごとに公表させるという規制にある。これは、ネット上の情報流通の特性からして、表現の違法性についてのとりあえずの判断をSNSに委ねるという「法執行の民間化」が避けがたいことをふまえ、それが適切に行われるよう組織に透明性を求めるという意味がある。日本でも、プラットフォーム企業に一定の組織構築や実態公表を法的に求めることが考えられるだろう。 全体として、大変有意義な研究成果を挙げることができた。
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