研究課題/領域番号 |
18K01407
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
若松 邦弘 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 教授 (90302835)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 政治学 / 政治史 / イギリス政治 |
研究実績の概要 |
本研究は近年のイギリス政治の変動を政治的な「関与」(engagement)と「疎外」(disengagement)に注目して明らかにするものである。同国では2014年のスコットランド住民投票や2015年総選挙において、財政緊縮策を契機に既存政治への不満が表面化したと解釈される事態が生じ、小政党への支持が一時拡大した。しかしその後、2016年のEU国民投票を契機とする争点の変化から、小政党への支持は急速に縮小した。このように振幅の大きい政党政治が近年生じている背景には、同国の政治的疎外が従来と違って、多様な有権者の関わる複層的なものへと変化していることが考えられる。 今年度は3年計画の第2年度であり、有権者支持の新たな特徴として、ブレア政権期に労働党支持から離れ、どの政党の働きかけにも応答しなくなった有権者層に注目し、このような「非覚醒層」の新たな政党支持の性格が、従来から政治関心の強かった「覚醒層」とどのような点で異なるかに注目した。 今年度の作業で、2017年以降の選挙で確認される変化(国民投票後の争点変化)の定着が確認された。作業は、とくに2018年以降の統一地方選で支持傾向に顕著な特徴が見られた自治体について、政党間競争の分析を進めた。各選挙区の結果を過去の政党支持や住民(国民)投票の結果、社会指標などと照らし合わせ、保守党の北部の都市部での伸長、労働党と自民党の競合、欧州懐疑政党の失速といった新たな傾向を確認した。これらの現象は急遽実施された2019年末の下院選挙でも確認され、その傾向の定着を確実にした。一方で、欧州争点に関する残留支持の拡大は、国民投票時の残留/離脱支持の強さに関係しておらず、経済争点が引き続き大きな意味を有することも明らかになった。 これらの分析は学術的な公表とともに、各種機関・メディアからの依頼に基づいても随時提供された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は3年計画の中間年であった。直近に生じた事象に関わる部分を含め、資料収集ならびに分析はおおむね順調に進んだ。また、急遽12月に下院選が繰り上げで実施されたことから、これに絡み、有権者の意識に関する興味深いデータをオンラインで多く収集できることになった。年度初めに想定されなかった事態であったが、政治的疎外の複層性を国民投票の残した影響として明らかにするという本研究の関心に照らして、大きなメリットとなった。通常は4~5年間隔での確認となる下院選での有権者の支持動向を、2017年の選挙に続き、わずか2年の間隔で確認できたからである。こうして今年度は、各選挙区の政党支持の詳細な動向を(まだ量的データに限られるが)入手できたことは大きい。地方選のデータは毎年得られるものの、自治体ごとの公表であることから、数字は形式の統一性に欠け、分析前の整理に時間がかかる。2019年春の統一地方選の数字に先立って、2019年末の支持動向を下院選から得られたことは大きい。今後その分析を進める。 一方で、事例の検証は、当初予定の2018年以降の統一地方選に関わる部分について、自治体単位のデータ収集(モノグラフ、地域史、コミュニティ資料、新聞)を念頭に、現地調査を実施し、イングランド北部・中部の都市圏の動向を確認した。ローカルの政治構造、政治的なエピソード、従来の政党間競争の性格がポイントである。2019年末実施の下院選に関するデータ収集も年度末の実施を念頭に調査を企図した。しかし、これについては、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、出発直前に中止せざるをえず、2019年度の地方選に関するさらなるデータ収集とともに、次年度に持ち越しとなった。
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今後の研究の推進方策 |
第3年度は最終年度であり、政党による支持調達の変化ならびに有権者の支持について総合的な知見を見出す方向に向かう。近年の変化をイギリス政治史の1局面として特徴を捉えるとの本研究の目的に沿って、上記の分析から得られる知見を再検討し、その結果を時間軸のなかでの構造の変化として位置付けることを試みる。 そのためには、過去数年に見られる新たな有権者の傾向について、その起因と定着のメカニズムを選挙区の状況に沿って解明する作業を引き続き進める必要がある。とりわけ、政治的疎外が、従来の棄権票が保守党支持へと流れるという変化として顕著に生じたイングランド北部の中小都市は重要である。作業は選挙区の個別データによる実態分析が軸となるが、その資料収集は継続中である。これについて、現地での活動をいつ再開できるかは、新型コロナウィルス感染拡大という現下の状況に照らして不透明であり、事態の今後の推移によっては、研究期間を次年度まで延長することも検討する。 なお、この事態は、現地調査の遂行スケジュールのみならず、本課題の研究上の想定に影響を与える可能性も大きい。各国での経済活動の停止という状況を踏まえ、今後、公的財政の悪化とその対処が政治争点となる可能性がある。本課題は国民投票期に生じた新たな特徴が数年をかけ定着するとの見方に立って分析を進めているが、この想定が外的環境の大きな変化により変わることが予想される。ここ数年に生じた新たな変化は反転し、2010年代前半の緊縮財政下の政治過程と類似の条件に戻る可能性が高い。本課題は今年度、この予想される変化を踏まえ、今後の研究課題の構築に活かすべく作業を進める必要がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は夏休み前に生じた首相の交代により、2019年中の下院選実施が予想されることになったため、出張調査計画の後ろ倒しを図った。その上で、実際に選挙が実施されたことから年度末の出張を計画した。しかしその後、上記の理由により、現地での活動は移動の面でも訪問の面でも困難となったため、出発直前に出張を中止せざるをえなくなった。本研究は、現地での資料収集調査に相応に依存しており、いつ現地での調査が可能となるかによって、以降の助成金使用計画に幅が生じる。 [シナリオ1 現地調査を本年秋までに再開できる場合] 年度内に状況に応じて2~3回の現地調査を行う。繰り越した助成金は費目別の計画通り、渡航費を念頭に使用する。ただし、最終の現地調査は3月となることが予想されるため、研究のとりまとめは補助期間終了後を想定する。 [シナリオ2 現地調査の年度内再開が困難な場合] 取り寄せ可能な文献資料とオンライン資料の分析で概略の分析を継続すべく、予定していた渡航用の旅費をこれらの資料購入費に振り向ける。しかし、この方法では、2019年に実施された選挙の分析は不十分となる可能性があるため、条件を満たす限りで、研究期間の次年度への延長を検討する。 なお、これらは両極のシナリオであり、実際の使用は事態の推移に応じてこれらの混在した形になると見込まれる。
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