本研究は近年のイギリス政治の変動を政治的な「関与」(engagement)と「疎外」(disengagement)に注目して明らかにするものである。同国では、財政緊縮策を契機として既存政治への不満が表面化したと解釈される事態が2014年のスコットランド住民投票や2015年総選挙で生じ、小政党への支持が拡大した。しかしその後、2016年のEU国民投票を契機とする争点の変化から、小政党への支持は急速に縮小している。このように振幅の大きい政党間競争が生じている背景には、同国の政治的疎外が従来と異なり、多様なタイプの有権者が関わる複層的なものへと変化していることを指摘できる。 令和5年度は新型コロナウィルスの感染拡大の影響で再延長していた計画の最終年であり、年度後半に現地調査が可能となった状況のもとで、2019年以降の各種選挙で興味深い支持傾向が現れているイングランドの北部と東部を中心に、選挙区ごとの特性を含むローカル資料の収集と分析を、文献の取り寄せと現地での収集を合わせて実施し、政党による支持調達の変化ならびに有権者の支持について総合的な知見を見出す方向へと作業を進めた。 本研究はイギリス政治史の1局面として特徴を捉えるとの目的を有するが、その観点に沿って、2010年代後半の政治変動は第二次大戦後の二党制と連動してきたイギリス政治の対立軸を根本から覆すものとなっていることを確認した。その変化は、主に非大都市圏に居住する、互いに異なる属性を有する有権者による、過去40年間の歴代政府の経済政策や政治姿勢に対する不満の共鳴を背景としていることを指摘し、そのなかで、有権者のいわば「脱編成」をもたらした不満の表出から、その後に、国民投票と続く世論の分断を通じ、新たな対立軸のもと「再編成」が進んだ状況を明らかにした。
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