これまでの研究で、少数派の宗教に対する体制宗教の態度と政府の政策との関係、中国をはじめとする北東アジアに対する欧米の基本的な見方を明らかにし、西欧において政治的動揺が顕著に現れる19世紀末という時代にあって、北東アジアの問題が自国の認識に深く関わっていることを示した。特にロシアが、北東アジアと西欧の間にあって、西欧とは異なった自意識をもちながら北東アジアの諸民族の間では他者でしかありえないという複雑な状況の中で自らのアイデンティティを模索したことを確認した。 2022年度は、これまで行ってきた個別の分析をより大きな研究の枠組みに、特に帝国統治における文化と政治の関係というテーマにつなぐために、本研究が主たる対象としたロシア帝国の東部辺境である北東アジア地域についての研究で得られた知見を、最近とみに関心が高まっている西部辺境及び中東欧地域の研究に応用する視座の確立に努めた。 特に複雑な国際関係における対外政策をめぐって保守的メディアの間に生じた立場の分岐を、バルカン問題と反ユダヤ主義を素材として明らかにした。 一般に帝国は多くの文化的要素を抱え込む政治的まとまりであり、その中には将来国民国家へといたる可能性を持つ民族が胚胎する。各民族の政治的成熟度はさまざまであり、それに応じて政府は各々に異なった処遇を与えることになる。普遍的な政治的規範を掲げて各地域の問題に対応する英米と、性格の異なった多様な民族を内に抱え込み、それぞれの事情に応じて個別的対応を迫られるロシアとの間には、他民族との交渉から生まれる思想に顕著な差異がある。北東アジアという地理的空間を超えてその違いを明らかにしていくことが、本研究を踏まえて取り組むべき今後の課題になるであろう。
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