研究課題/領域番号 |
18K01438
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
上野 眞也 熊本大学, 熊本創生推進機構, 特定事業教員 (70333523)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 水俣病 / メチル水銀 / 魚介類 / 曝露リスク / 流通 / 漁業 |
研究実績の概要 |
工場排水によるメチル水銀(MeHg)曝露被害が1956年に公式確認された水俣病は、これまで様々な政策的対応や政治的解決が試みられたが、今も論点を変えながら被害救済訴訟が続いている。 本研究では、MeHg曝露が熊本・鹿児島県の沿岸や島嶼部から、さらにはるか内陸部にまで及んでいたという曝露リスク言説を科学的に確認するため、社会調査等によりMeHg曝露した魚介類がどのような経路で曝露し、それがどこの海域で漁獲され、どれほどの量が各漁港に運ばれ、当時の人々が摂食することになったのかについて資料やデータを探し、また当時のことに詳しい者に聞き取り調査を行った。 それらから分かった知見を基に、工場廃水の汚染から、魚の汚染、漁業による捕獲、各港への水揚げ、それを食した人々のMeHg曝露を示す毛髪水銀値の状況に関してマルチエージェントシミュレーションモデルをつくり、どのようなメカニズムが働いていたのかを明らかにして、MeHG曝露リスク評価を行った。この研究により、排水口から魚、漁業による捕獲、水揚げから流通(仲買、小売り、行商)、摂食習慣など一連のMeHg曝露原因の因果関係の解明が進んできた。 また。典型患者や胎児性患者の救済後に2度にわたる政治解決が行われ、リスクの高い地域での居住歴や多量の魚食により、患者ではないが幅広の救済措置の対象として医療費無償の手帳交付や一時金給付が行なわれた。この結果、指定地域では多くの住民が何らかの補償を受けたが、これらの措置によりこれまで被害を訴えていなかった地域にも救済を求める動きが伝搬し、曝露リスク領域はさらに広かったという言説が生まれていった。その過程に注目し、問題解決を目指している公共政策が、逆に問題を終わらせないシステムとして駆動する悪構造の問題について、システム・ダイナミクス分析によりその解明を行うことを目的としている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
60年以上前に発生した水俣病事件において、魚から流通、摂食という因果経路を辿って、どのようにヒトにMeHg曝露が起きたのかを科学的に調べる方法として、次の4つの方法を用いた。 1 過去の調査による観測値を用いた再分析:海水、海底の泥、魚介類の総水銀量、毛髪水銀濃度、臍帯中のMeHg水銀濃度、患者発生数などの当時観測されたデータは、当時の測定技術の限界はあるものの曝露状況を具体的に知る直接的で客観的なデータである。 2 統計値、史資料の活用:水俣病の曝露メカニズムと水産物の流通過程を分析するためには、水産学の知見を動員する必要がある。特に、漁業の種類、漁獲高、漁法、漁場、水揚地、消費地、行商人の状況について、統計資料や当時の行政文書、史資料の探索を行った 。 3 聞き取り調査:水俣病事件当時の昭和30~40年代の暮らしや漁業に詳しい者への聞き取りで、当時の漁業の状況、日常の食生活の状況、地域の仕事の状況、魚の入手方法(自分で捕獲、贈与、購入、物々交換)、入手先(鮮魚店/行商人)、行商人の来訪頻度、よく食べた魚種、魚介類摂食頻度(1週あたり)と摂食量などを調査した。 4 シミュレーション:分析に必要な昭和30~40年代のデータが存在していないが、一連の曝露状況の因果関係を総合的に推計するためには、単純で合理的な仮定ルールを置いてコンピュータシミュレーションをおこなうことで、現実の状況との比較分析が行える。その方法として、マルチエージェントシミュレーション、シシテムダイナミクス、WHOのIPCS環境保健クライテリア101に沿ったMeHg曝露推計法を用いてモデル分析を行っている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、時間的・空間的な広がり(昭和30~50年代、熊本・鹿児島県域)における曝露リスクを推測するために、実証的なデータの収集を地域住民への聞き取り調査や史資料の探索と分析を進め、工場の廃水溝から魚、漁業による捕獲、漁港への水揚げ、流通と摂食、そしてMeHg曝露までの一連の因果関係を繋いだシミュレーションモデルの構築を2年度目に取り組んだ。また摂食による曝露が魚のMeHg曝露レベルや、摂食量、摂食頻度と相関しており、また個人の職業や居住地、食習慣により大きな違いがあることを数量的にしめすことができた。今後、このマルチエージェントモデルのシミュレーション結果が、実際の毛髪水銀値観測データと一致するようにパラメーターの調整を行い、地域毎の曝露リスク推計の検証可能性を高める。 またこの政策を巡る歴史的状況をシステム・ダイナミクスにより構造化し、問題を収束しようとするバランス型ループと逆に問題を拡大させる強化型ループが互いに影響しあうフィードバック回路としてモデル化できたので、それを現実の訴訟参加者募集活動に取り組む患者団体や弁護士などの社会運動やマスコミの反応、訴訟参加者の増加数などをデータとして、関心伝搬モデルとして一連の環境政策がいかなる動的反応を起こしてきたのかをシミュレーションする。そこから得られる知見で、公共政策を巡る状況が振動や収束、遅延といった複雑な振る舞いをすることを明らかにする。公害問題の解決政策と問題拡散について理論化を試み、公共政策として問題の終結を図るための知見を得る。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナウィルス禍により実施予定であった現地調査の出張を控えなければならなかったため。
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