本研究では、人文社会科学や疫学、水産学、生態学等の多角的なアプローチにより、暮しや漁業に詳しい者への聞き取り調査や、新たな史資料、データを探索することで、昭和30年から50年代当時の曝露リスクに関する俯瞰的な知見を纏め、地域ごとの曝露リスクを明らかにすることを目指した。 その結果を八代海及び周辺地域における漁業の状況、魚介類の流通、地域別の魚介類の摂食頻度や摂食量を加味した地域別のメチル水銀曝露リスクの評価を、HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)手法に則り整理した。 HACCP手法によるリスク分析の結果、昭和48年、55年の八代海の魚介類の状況からは、一般的に人の健康を害するようなメチル水銀曝露は起きなかったことが分かった。しかし昭和34年では、水俣、津奈木近海の魚類の水銀濃度は、漁家のようにこの近海の魚を毎日大量に摂取した場合は、健康被害を生じる可能性があることも分かった。 水俣病問題は、何が水俣病なのか、だれが被害者なのかをめぐる長い論争が続いてきた。このような状況下で、共に科学的理解をもとにこの問題をとらえるためには、われわれが合意できる共通認識・世界像の「確信条件」となる輪郭をまず取り出し、そこから主張や立場の違いを整理しつつ「信憑構造」として認識を捉えようとする姿勢が必要である。 本研究が示したHACCP手法による曝露リスクの評価法の優位性は、投入した独立変数とリスク計算法を明示している点である。つまり、どのような条件に基づいて結論を導き出しているのかが明らかにされていることから、将来の研究成果による新しい知見や議論を入れて、推計内容をアップデートできる。曝露について、どこまで合意できているのか、どこが異なる意見なのかを明らかにできる点が有用である。
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