本年度は最終年度として、(資料はコロナ禍のためベルギーに渡ることができず手薄ながらも)論文の執筆を進めながら手元の資料を読んだ。昨年度までの研究においては、テロを起こす犯人の心理などに着目した場合、それが必ずしも強い因果性を持たない(何かを恨んだからテロ行為に走ったとして、同じものを恨んだ人すべてがテロ行為に導かれるわけではない。それは今回の研究で対象としていたベルギーの2016年のテロにおいても言えた)ため、問題を治安政策に絞って、ベルギーの警察制度、治安対策を連邦制の導入と絡めて読み解こうとした。 ところが、2022年の夏に生じた安倍元総理の襲撃事件により、犯人の複雑な過程状況、さらにカルト宗教との関係が明らかになるにつれ、こうした個人的、心理的事情を加味せずしてテロ問題を論じきってしまうことに疑問を抱くようになった。そこで途中で方向転換し、より個人のおかれた宗教的、経済的、社会的(移民であること)状況を相対化できる枠組みを検討した。 そして社会運動論から比較可能な枠組みとして「政治的機会構造論」を選択し、それにもとづいて、テロリスト集団に加盟していく「政治的機会」の枠組みを作ろうと検討している。また、そこにベルギーの連邦制度がどのように絡んでくるか、ブリュッセルという街の(多民族・多言語という)特性、その移民や宗教の歴史を考慮して検討しつつある。 ただし、社会運動が原則「よく生きるため」のものであるのに対し、自爆テロは「死ぬ」ものである。自爆テロにいかに社会運動論の枠組みを援用可能か、検討中でもある。
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