本研究は「自己の正当化の手段としての政治的信頼・政治的不信というものがありえるか」という疑問を出発点とし、特に有事における政治的信頼のメカニズムを明らかにすることを目的としている。具体的には2011年の東日本大震災とそれに続く原子力発電所の事故を事例とし、日本政府によって指定された避難地域ではないものの放射性物質飛散の恐れに直面した首都圏住民が当時の混乱の中で一時的にでも避難したか、それとも政府方針に沿ってとどまったか、という行動選択とその結果としての政治的信頼の変化に着目している。 2021年度においては、2020年のCOVID-19が本格化する前の時期に千葉県と埼玉県の5自治体の住民1万人を対象として実施した調査結果をもとに世界政治学会とアメリカ政治学会の2つの国際学会において研究発表を行った。調査結果として、2011年の東日本大震災による原子力発電所事故後に首都圏にとどまった住民は2020年の段階でも当時の民主党政権を自民党政権よりも好意的にみる傾向があること、つまり政府方針に沿って行動制限となる行為を選択した市民は当時の政府を好意的にみる傾向があることが示されており、本研究の仮説「自己の正当化の手段として政治的信頼がある」を裏付け、「人々の行動が政治的信頼を決定する」可能性を否定しない方向にあることが実証されている。 上記国際学会においては、過去の事例を用いての因果関係の厳密な実証が難しいこと、そのためには現実の事例を利用した自然実験もしくはWeb実験を実施するべきであること、また心理学的観点から自己の内部での矛盾状態を解消する認知的不協和の理論を組み込むべきことが指摘され、それらのフィードバックを受けて次の研究に着手する予定である。
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