研究課題/領域番号 |
18K01468
|
研究機関 | 香川大学 |
研究代表者 |
藤井 篤 香川大学, 法学部, 教授 (90222257)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 脱植民地化 / ベルギー / フランス / アルジェリア / 人の移動 |
研究実績の概要 |
アルジェリア戦争をめぐる国際関係史的研究は、近年ではヨーロッパ大陸諸国にも研究対象が広がり、筆者はこれまでほとんど研究されてこなかったフランス・ベルギー関係を選び、研究してきた。それはベルギーがNATO同盟国、欧州統合の機軸国、コンゴ植民地を抱える宗主国という点でフランスとの共通性を多く持ち、また民族解放勢力がベルギー領土内に入り込んで活動するなど「人の移動」という本研究の観点からも興味深い観察事例であるからだ。 アルジェリア問題が国連総会で討議されるようになると、フランスは同盟国を含めて世界諸国に対して支持を要求していく。その際にベルギーは国連総会では最も強い対仏支持を与え続けた。ただしフランスはアルジェリアの民族解放勢力を軍事的に鎮圧できず、また脱植民地化に向かってイニシアチヴを発揮することもできないままであった。パリ駐在ベルギー大使館は紛争の解決には悲観的な見通しをもち続けた。 ベルギーは終始強い対仏協調政策をとってきたため、両国関係に齟齬・対立は乏しかった。この原因はベルギーが自国領コンゴがいずれ国連で討議されることを恐れたためであり、また両国間にパワー格差があったためである。フランスのジュニア・パートナーであるベルギーにはフランスの対仏支持要求に対して抵抗できる余地が乏しかった。他方、こうした強い対仏協調路線はアラブ諸国からの反発を招き、ベルギーはそちらへの対応にも配慮しなければならなかったが、対仏協調の維持、NATO同盟国の結束、アラブ諸国からの攻撃の回避という3つの政策目標は同時に成り立つはずのないものであり、ベルギーはこの矛盾を解決できないまま抱え続けた。以上の研究成果は論文「脱植民地化と西側同盟--アルジェリア戦争とフランス・ベルギー関係」として『国際政治』第206号に公刊することができた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
コロナ禍のなかで史料調査の海外出張ができず、一年待ってもやはり出張が不可能な状況である。代わりにアルキ(フランス軍に協力した先住民族の補充兵)がアルジェリア独立以後にフランスに大量に移住し、貧困のうちに定着したことの問題性を研究するようにテーマを変更したが、既存の二次文献のつなぎ合わせでは、新規性のある論点に答えることができないことがわかったので、研究を一時中断している。 上記の論文「脱植民地化と西側同盟」『国際政治』第206号を公刊するまでには、査読者から、特集号の性格(国際政治のなかの同盟)に合わせて、ベルギーの対仏政策の特質を英米のそれと比較して論じるように求められ、提出草稿の修正に時間をとられてきた。その結果、紙幅の都合上、この論文では「人の移動」に関わる以下の問題についてはまったく触れることができなかった。 第一に、ベルギー領内に入り込んで活動を競合・展開する民族解放勢力(FLNとMNA)の問題。フランスは民族解放勢力の反仏的活動をNATOに対する攻撃だとする論理から、活動の取り締まりを同盟国ベルギーの義務だと主張した。通常の政治活動まで禁止することはベルギーの国内法ではできなかった。 第二に、外国人部隊に参加したベルギー人少年兵の問題。フランス軍とともに戦う外国人部隊には、ヨーロッパ各国から傭兵が集まったが、そこには未成年者も含まれていた。アルジェリアの戦況が悪化するにつれ、外国人部隊に登録した未成年者をもつベルギー人の親たちがわが子の除隊・帰還を求めてベルギー政府を突き上げる。 以上の2点はともにフランス・ベルギー両国間で少なからぬ亀裂・対立を生み、外交交渉の課題となった。これらの問題は「人の移動」の観点からも重要なテーマなので、引き続き研究し、年度内に論文化する予定である。
|
今後の研究の推進方策 |
上記の2つの論点(ベルギー領内のアルジェリア民族解放勢力の活動と、ベルギー人少年兵士の除隊・帰還の問題)をめぐって、フランス・ベルギー関係の緊張・対立の様相を明らかにする。これらに加えて、両国の市民社会レベルでは、植民地維持のための右翼的連帯が不発・頓挫に終わったが、その原因を究明する。これらは国際関係を政府間関係だけでなく、市民社会のレベルで捉え返す意義をもつものである。これを課題に今年度内に論文として公刊する予定である。またこれまでの実証研究の副産物として、ベルギー外交文書の紹介を書き、日仏歴史学会の機関誌『日仏歴史学会会報』に投稿中である。 フランス軍に協力したアルキは、独立戦争終結後には「民族の裏切り者」として殺害され、それを逃れるためにアルジェリアからフランスに大量に移住してきたが、住宅への入居、就職、福祉受給のいずれにおいてもフランス人引揚者よりも不利な扱いを受けて、差別と貧窮に耐えてきた。アルキたちの自己承認要求や、彼らをめぐる国家的顕彰の在り方などは脱植民地化以後に残された歴史問題として研究の意義がある。現在中断しているが、もし今年度末にもし海外出張ができれば、この問題に関する史料調査に行く予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ・ウイルス感染拡大がやまず、2021年度に予定していた史料調査のための海外出張はやはりできなかった。そのために図書費だけに支出し、2022年度に出張旅費の予算を残すようにした。今年度内に出張できるのかどうかを見極めながら予算を消化していく。
|