最終年度である令和5年度は、これまでに進めた研究の一部をまとめ、11月に開催された日本国際政治学会の部会において口頭発表と報告論文の執筆を行った。本研究は、国際連合憲章の記載の際に、人権が人種を問わず尊重されると表現された経緯について明らかにするものであるが、その問いについて、国務省内で初期に検討された人権宣言の草案に最初の検討の跡が見られること、国務省と密な関係を持ちながら戦後構想の構築と啓蒙活動を行っていた民間団体のアイディアの中にも人種への高い意識が存在したこと、そして国連憲章の草案を協議する外交交渉の場では、長く障壁となっていたソ連の主張が変化し、実現に至ったことを指摘した。発表では、国家間関係のより大きなダイナミズムとの兼ね合いについて論じる必要性などの指摘を受け、また、申請者自身も、上記一つ一つを掘り下げた考察を行う必要性を感じ、それらを意識した分析を継続中である。 また、令和6年3月に米国メリーランド州にある公文書館アーカイブIIへ行き、資料の検索と収集も行った。以前は注目していなかったが、国務省で行われた人権宣言作成のための検討が、本研究テーマの分析の手掛かりになることがわかったため、関係する資料を入手した。是非手に入れたかった文書も見つけることができ、特に国際機関の設立を担当する国務省スタッフが認識していた人種問題の詳細と、それに対して国際機関が対応する必要性についてどのように考えていたかについて考察を進めている。
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