主に次の問題を考察した。(1)所得分布の右裾はパレート分布に従うが,技術進歩の役割は何なのか。(2)中低所得層を含む所得分布全体はどのように決定されるのか。(3)社会移動は所得分布の形成と技術進歩とどのような関係があるのか。(4)高所得層のパレート分布形成においてのグローバリゼーションの影響は何か。 2022-2023年度の研究では,(1)と(2)を中心におこない,スピンオフとなる研究にも注力した。順に説明する。創造的破壊が成長の原動力となるシュンペーター的経済成長モデルを構築したが,既存研究と大きく異なる点は,内生的に発生するダブルパレート分布を使い,所得分布の全体を説明したことである。米国のデータを使いカリブレーションを通して「減退するビジネス活力」について考察し,その要因として広がる所得不平等を明らかにした。本研究のスピンオフとして,ジフ分布に従うことが知られている企業サイズの分布について研究を行った。文献では幾何的ブラウン運動を使うことがあるが,数学的な「装置」であり経済学的なメカニズムの欠落が問題となっている。この問題に対処するためにシュンペーター的なモデルを使い,企業サイズの幾何的ブラウン運動のミクロ的基礎を展開した。この手法は,所得分布を考える上で非常に有用である。 本プロジェクトを通して,(3)と(4)についても考察をおこなった。連続体として世界経済モデルを構築し,産業革命が英国から世界に伝播した過程を捉え,その伝播過程で経済間のGini係数が逆U字の経路をたどることを示した。また,資産分布と所得分布を同時に決定するシュンペーター的なモデルを展開した。資産制約に直面する起業家を考え,研究開発に成功すると所得と資産が増加するが,財が陳腐化すると所得は下方ジャンプするが資産はジワジワと減少する均衡を導出した。これにより所得と資産の両面から社会移動を考察した。
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