特許重視政策が世界的潮流となる中、各国特許庁は特許審査の迅速化に取り組んできた。その一方で、高速な特許審査が特許審査の質を低下させているという指摘もある。本研究課題の目的は行動経済学の知見に基づき、特許審査官の心理的要因が審査の「量」と「質」の二律背反を生み出していることを実証的に解明することである。その中でも特に特許審査官の受ける時間圧力の変化に着目して行動動経済理論から導かれる作業仮説を検証している。
前年度までに実施した研究から米国特許庁における特許審査手順の詳細なミクロデータに基づく分析で明らかにされた米国特許審査官における現在バイアスの蔓延、特に、半数以上の特許審査官の現在バイアス係数は1未満であるという実証的証拠が得られている。令和4年はこの知見に基づき英文論文を執筆した。その中で、米国特許審査官の先延ばし行動は1st Office Actionの審査の質だけでなく特許の調整期間の長さ(PTA)にも関連していた可能性があること、現在バイアスの程度が小さい米国特許審査官ほど離職する傾向にあること、さらに、審査枠を減らすことは、審査の質と適時性を向上させる可能性があることであることも明らかになっている。シミュレーションの結果、現在採用されている2週間の審査枠を半分にして1週間の期限を設けた場合、初回審査の不合格率が約30%減少し、特許期間の調整期間が約1週間短縮される可能性があることを指摘し、今後の特許審査制度改革とイノベーション創出を促進する政策について多方面から検討している。この研究論文はワーキングペーパーとしてまとめられ、いくつかの国内外の研究セミナーで報告を実施した。現在、そこで得たコメントをもとに学会誌投稿にむけて論文を準備中である。
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