研究課題/領域番号 |
18K01628
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研究機関 | 明治学院大学 |
研究代表者 |
室 和伸 明治学院大学, 経済学部, 教授 (10434953)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 投資の楔 / 自己資本比率 / 借入制約 / 信用収縮 / 金融市場の摩擦 |
研究実績の概要 |
1997年から1998年と2007年から2009年に日本経済で発生した深刻な2度の金融危機は、自己資本比率(総資産に対する純資産)を上昇させ、資本の限界生産力(MPK)に対する資産収益率(ROA)の比率を減少させた。これは、信用収縮によって、資本収益率が資本の限界生産力から乖離し、投資の楔が大きくなったことを意味する。ところが、従来からよく想定されてきた担保がストック変数である借入制約(企業は、総資産ストックの一定割合までしか借りることはできない。)のモデルでは、信用収縮は自己資本比率や投資の楔に何ら影響を及ぼさない。そこで、担保がフロー変数である借入制約(企業は、売上から労働コストを引いた利潤の一定割合までしか借りることはできない。企業は、生産財を担保に借入できる。)を考慮し、金融市場の摩擦と異質経済主体のある動学的一般均衡モデルを構築した。1994年から2016年までの企業規模別(資本金規模による7分類)のパネルデータから、自己資本比率が資本生産性に正の影響を及ぼすことを検証した。異質企業の自己資本比率と資本生産性の間に正の関係があるという想定の下、信用収縮が定常状態における集計的自己資本比率と投資の楔を増加させることを理論的に示している。負債・資産比率が資本生産性に及ぼす効果をデータから測定し、企業の異質性の度合いを示すパレート係数が約1.7であると算出した。資本の限界生産力(MPK)に対する資産収益率(ROA)の比率、集計的自己資本比率のデータから、金融市場の発展度を示すパラメータ(値は0から1の間をとり、1が完全な金融市場を表す。信用収縮はこのパラメータの低下で表現される。)を推定すると、1998年の金融危機時は0.35であった一方で、2008年の金融危機時は0.56であった。つまり、日本経済においては1998年の金融危機が極めて深刻であったことを示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
従来からある金融市場の摩擦と異質経済主体が存在する動学的一般均衡モデルでは、自己資本比率(総資産に対する純資産)や、資本の限界生産力(MPK)に対する資産収益率(ROA)の比率の変動を説明することができない。実際のデータを検証すると、信用収縮によって、自己資本比率は上昇し、資本収益率が資本の限界生産力から乖離し、投資の楔が大きくなった。つまり、従来からある理論的命題では、現実経済のデータの動きを表すことができないのである。そうした問題点を打開するために、担保がフロー変数である借入制約を考慮し、金融市場の摩擦と異質経済主体のある動学的一般均衡モデルを構築して、理論的に分析した。資本の限界生産力(MPK)に対する資産収益率の比率が、金融の発展度、企業の異質性(パレート係数)、そして、集計的自己資本比率によって決定されることを示した。金融の発展度の上昇は、集計的自己資本比率を下落させることが示される。また金融の発展度の上昇は、資本の限界生産力(MPK)に対する資産収益率の比率を上昇させ、投資の楔を小さくすることが示された。以上のような理論的命題が新たに導出された。このモデルが日本経済における2度の金融危機時(1997~1998年, 2007~2009年)によく当てはまっていることが、データを用いて検証された。
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今後の研究の推進方策 |
担保がフロー変数である借入制約を考慮し、金融市場の摩擦と異質経済主体のある動学的一般均衡モデルを構築した。異質企業の自己資本比率と資本生産性の間に正の関係があるという想定の下、資本の限界生産力(MPK)に対する資産収益率の比率が、金融の発展度、企業の異質性(パレート係数)、そして、集計的自己資本比率によって決定されることを示した。信用収縮が定常状態における集計的自己資本比率と投資の楔を増加させることを理論的に示している。これまでは日本経済における2度の金融危機時(1997~1998年, 2007~2009年)のデータを用いて検証し、理論モデルが妥当であることが示された。この理論的帰結が、別の期間のデータ、または、別の国のデータにおいても当てはまるのか、結果の頑健性のチェックが必要となる。本モデルから、経済主体の異質性の度合いを示すパレート係数が約1.7であると算出された。異質性の度合いを示すパレート係数が経済に及ぼす効果(具体的には生産性に及ぼす効果、自己資本比率への効果、投資の楔への効果)について検証すべきである。経済主体の異質性がマクロ経済へ及ぼす効果についての研究は発展途上であるので、本研究は充分に研究意義があるといえる。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度はコロナ禍で研究費の支出ができなかった。2021年度においてもコロナ禍が継続する見込みであり、旅費の支出はあまり見込めないため、その分、物品費・その他の支出が増えると予想される。研究に必要なデータや書籍、英文校正、論文投稿料への支出に充当される。
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